2025年11月18日火曜日

山田洋次(映画監督)            ・生きる喜びを伝えたい

山田洋次(映画監督)            ・生きる喜びを伝えたい                       賠償千恵子(女優)

94歳を迎えた山田洋次監督の91本目の最新作「TOKYOタクシー」はまもなく公開されます。 主演は山田監督が欠かせない名女優倍賞千恵子さん、そして19年振りの山田作品出演とな木村拓哉さんです。 新作に寄せる思いを山田監督、倍賞さんに語っていただくと共に、山田監督には映画つくりの原点や家族や故郷への思い、今なお健在の創作意欲はどこから生まれるのか、又倍賞さんには山田作品の魅力や難しさ、そして度重なる病やアクシデントをどのように乗り超えたのかなど、伺いました。

山田:「TOKYOタクシー」の映画を準備し始めてから1年目ぐらいですね。 ちゃんと楽しんで呉れるのかなあとか緊張します。  自分で作ったもは判らないんです、観客が決めてくれるんで。  

倍賞:私もまったく同じ意見です。 

映画の内容 木村拓哉さんが演じるタクシー運転手と終活に向かう倍賞さん演じるマダムとタクシーで旅をする中で、心をお互い許しあってやがて想像もしなかった奇跡が訪れる。 

倍賞:今迄ネイルをしているとか指輪をしているとか豪華な衣装を着るとかは、やった事は無いんです。 

山田:倍賞さんの今までの作品とは違う、まず老人であるという事、華やかに装って自分を偽って、自分を演出するようなそういうおばあさんである、そんな役は今まで僕の作品ではやったことがない。 それが楽しみでした。 過去に彼女にとっては新鮮な素敵な青春時代があったんだという、今のおばあさんを通して想像できなければいけない、「下町の太陽」の頃の彼女のイメージを演出して作ったつもりです。 

倍賞:ネイル、メイク、つけているものも私(主役のすみれ)にとっては、挑戦的でなければいけない、と言うところから選んでいって、自分の心にも私は挑戦的にならなければいけないと言い聞かせて、撮影に入って行きました。 

山田:倍賞さんが最後に急に弱いおばあさんになっちゃうんだよな。 ラブロマンスではなく木村拓哉君との間に不思議な愛情が一瞬通う。 もたれかかるほどすみれさんは実は寂しかった。 年老いた女性は皆寂しさを抱えて生きている。  心の通い合った幸せな一日がタクシーの中で繰り広げられる。 

倍賞:山田さんの人間を見る観察力、温かさ、などを一人の人間にスポットを当ててその人を描いてゆくのではなくて、その人の後ろ側にいる人、その人をささえている人がいると思いますが、その人にもスポットを当てて膨らましてゆく。 そういう人間の見方が好きですね。 それが画面を支えている。 隅々まで人が生きている。

山田:映画監督として必要な心掛けは、どんな人間に対してもその人間に対して興味を持つと言う事、同じ人間であり同じ人間としての権利をもっているし、人間としての魅力、弱さも同じように持ってるんだという事を、いつも意識しながら人を見ていなければいけない。  それは僕は渥美清さんから学んだな。 あの人は本当に人を良く見ている。 観察してそれを自分の芝居に取り込んでいる。 

倍賞:山田さんのイメージがあり、それをしっかり出さないと厳しいですね。

山田:なぜ納得いかないか、自分でもわからないことが多いんだよね。

倍賞:台本を基本にやっているんだけれど、もっと違う見方がある筈だとか、もっと違う表現がある筈だ思っていらっしゃって、自分の何かに合わないと違ってくるんですね。

山田:時々ぴちっと決まると笑っちゃうんです。

山田監督は中学生の時に旧満州大連から引き揚げ、1954年松竹に助監督として入社。 「男はつらいよ」シリーズ、「幸福の黄色いハンカチ」などを作り続けてきました。

山田:僕はルーツというか、故郷がないんだなという事を思います。(生まれてから青春時代は点々としていた。)  「男はつらいよ」でのあんな家族がいたらいいなあと、憧れみたいなものです。  小学校時代はお笑い映画ばっかり見ていました。 小学校4年生ごろは落語が好きでした。  辛い時に馬鹿なことをいうと笑ってしまって、笑うとまた力が出てくるんです。 「男はつらいよ」は無意識にそうなってきてしまったのかもしれません。 中学時代にアルバイトをした一つにちくわを何十本も売り歩くんですが、売れ残りが結構あって、こまっているときに競馬場の近くにおでん屋があって、それを買ってくれて又売れ残りが有ったら来なさいと言ttくれたおばさんがいて、有難くて涙が出ました。  さくらさんみたいな人だったんですね。 何十分の一でもいいから、映画を観た観客がもうちょっと元気に生きて行こうと、思えるような映画になればいいなと思います。 

倍賞さんは相手とのやりとりで、どんどん吸収してうまく受けとめて、そのことによって相手の役者迄うまく見えて行くという、相手の俳優を上手く見せることができる稀有な人なんです。  演技をする前にまず一人の人間としてどんとそこに存在している、存在しているという事が出来る俳優と出来ない俳優がいるんです。  貴方は貴方であってほしいところがあって、その上で演技をしてほしい。  言葉で説明できなくなる。 笠智衆さんなんて存在だけですよ。 居ればいいという、特別な人でした。 

倍賞:自分がしばらく山田さんとお仕事をしていないと、怠けていたという事が凄くよくわかるんです。  芝居を学ぶというのではなくて、人間としての何かを学んで行けば自分のなかからそれが出てくるみたいな。  渥美さんは相手の立場に立っていつも物を考えている人で、凄く優しくて、辛い思いを一杯してきたからそういう事が出来るんだろうと思います。  学校みたいだと思うのは、人間として失なっているものはないだろうかと、自分を確かめる時間でもあります。 

山田:渥美さんは天才だよね、ああいう人を天才って言うんだ。  凄い能力を持っている、何をやらしてもできる。 中学しか出ていないけど、大学を出ていれば一流の学者になったりしたんではないかな。

倍賞:一番最初はスキーで複雑骨折をしてしまって、肺がん、乳がんをして、右手を骨折して、動脈瘤をやって、脊柱管狭窄の手術をして6本ボルトが入っています。 2年前に大腿骨を骨折をして新しい骨を入れて、まだほかにもあるかもしれません。 母からの言葉「実るほど頭を垂れる稲穂かな」「人のふり見て我がふり直せ」とか手帖が変るたびに先頭に書いて、自分のよりどころにしてきました。  それが今に自分に至っているのかなと思います。

山田:映画を観た人が幸せな思いで映画館を出て行って欲しいと、そういう映画であってほしいという事はいつも考えています。 寅さんを通して僕が観客と会話を介していたんだと言う風に思います。 同じような土俵で似たような登場者が、今度は違う物を見せてくれよという、そのような要求にこたえて作り続けて来たし、面白かったねと観客が思って後にしてくれた、そういった体験が僕にとってとっても強烈ですね。 渥美さんと言う人は観客と同じ方向を向いている人なんですね。 一緒に歩いている様な、そういった姿勢は大事だと思っています。 観客と仲間のように作って、みてもらいたい。 いいよと言われるような映画を作りたい。