2021年7月23日金曜日

酒井美紀(女優)             ・【ママ☆深夜便 ことばの贈りもの】自信がないからこそ挑む

 酒井美紀(女優)     ・【ママ☆深夜便 ことばの贈りもの】自信がないからこそ挑む

1978年静岡市生まれ、高校入学と同時に歌手デビューします。   18歳の時に主演をしたドラマ「白線流し」は若者たちの恋愛や友情を描かれた青春ドラマの傑作で当時同世代だった若者に絶大な人気を誇りました。  現在は女優だけでなく母親、大学院生、社外取締役などいくつもの顔を持つ酒井さん、実は小さいころから自分に自信がなったといいます。  自信をつけ自分らしく生きるためにどのようなことを考え、決断してきたのか、伺いました。

2020年に不二家ペコちゃん70周年アンバサダーを務めたことがきっかけとなり、2021年3月24日付で同社の社外取締役に就任。   月に一回取締役会があり、前の月の売上げ報告とか、毎月議題があり議論します。    私は役者として観察癖があり、日常的に皆さんがどう暮らしているのだろうかと、いろいろ観察してしまいますので、そういったものが生かしていけるかなと思います。   役者として28年ぐらいやっていますが、国際協力の分野とお芝居があるが、社会問題に対して演劇メソッドを使ってゆくが、いま日本ではいろいろ社会問題があると思うが、日常的な問題を演劇メソッドを使って、解決まではいかないかもしれないが緩和してゆくことがあるのではないかという事で、国際協力の分野とお芝居の分野を合わせてできないかという研究を大学院でしています。

昔から自信のなさが課題で、この歳になっても自信のなさがあるんです。  違うものを始めてそれが自分の背中を押すみたいな風に作ってゆくというか、そういうところは有ります。   前に進んでいるということの実感を持ちたいと思っています。   女優になりたいという思いは子供のころからありましたが、すごく緊張してしまうし、今でも緊張します。   10歳の時に子供ミュージカルというものがあり、オーディションに受かり、緊張しながらも楽しいんです。  自分で出し切った時に拍手を頂いて、とても感動しました。   こういう世界があるんだと思って、お芝居をやって感動を伝えていくという仕事をしたいと、10歳の時に思いました。   両親は大変応援してくれました。  

高校入学と同時に歌手デビューし、映画Love Letterで女優デビュー。  高校時代は静岡から新幹線で仕事に出かけていました。  1996年から『白線流し』が10年に渡ってシリーズ化されて代表作にもなる。  長野の松本が舞台で、高校3年生でスタートして、新宿から特急あずさで行って、帰りは甲府から静岡へというようなパターンで通うとか2パターンがありました。   撮影では冬にはマイナス10℃とかもありました。 

白線流し』が終わって、東京の大学に通うようになり独り暮らしが始まりました。    環境が大きく変わりました。  大学受験では小論文があり先生にお世話になりながら、なんとか時間を割いて勉強しました。  睡眠時間が3時間というような状況でした。  同世代の友達と過ごしたいという思いがあったので、大学生活が出来てよかったと思います。

天然純水派というのが私のキャッチコピーでした。  歳を取ってくると、違和感というか窮屈になってくるというか、感じ始めてそこからはみ出してはいけないのかという思いがあり、段々窮屈になってきました。   回りに相談できないままにいましたが、25歳の時にアメリカに留学することになりましたが、窮屈さとの関係もありました。   語学もやりたいという思いもありました。   準備から全部自分でやりました。   

30歳で結婚しました。  ボランティア活動のなかで知り合い、結婚、2年後に長男を出産しました。   つわりがひどくて仕事をするのが大変でした。   母乳があまり出なくあげられない母親は駄目だなと思ってしまって泣いてしまったりしました。  結婚が天然純水派というイメージを変えてゆくきっかけにはなりました、特に出産した後ですね。  仕事は控えめですが続けていきました。   社会とつながっているというのが大切な時間でした。  子育てを切り替えられてリフレッシュできました。   

本格的に復帰しようとしていた時、当時所属していた事務所の社長さんが急に亡くなってしまって半年後に事務所が破産してしまいました。  路頭に迷うというような状況でした。  新しい事務所に入るが、その後独立し事務所を立ち上げる。(40歳)   今も未来も日常の積み重ねなので、日常を大切にしています。    決断するまでにはいろいろ迷いますが、決断はここだという直感があって、その時にはもう迷わずに行きます。  仕事は苦しいこととかいろいろありますが、これからはそういった中でも楽しみながら仕事をしてきたいです。