2018年2月15日木曜日

桐野夏生(作家)            ・作家生活25年 新たな挑戦へ(前半)

桐野夏生(作家)       ・作家生活25年 新たな挑戦へ(前半)
1951年金沢市の生まれ65歳、1993年「顔に降りかかる雨」で江戸川乱歩賞を受賞、作家デビュー、以来社会派のミステリーから文芸性のたかいもの迄様々な作品を書き、現代文学の最前線を走り続けています。
1993年「柔らかな頬」で直木賞2003年「グロテスク」で泉鏡花文学賞、2004年「残虐記」で柴田錬三郎賞を受賞、2008年「東京島」で谷崎潤一郎賞、2009年「女神記」で紫式部文学賞、2011年「ナニカアル」で読売文学賞を受賞と、主だった文学賞を次々と受賞しています。
2015年には紫綬褒章を受章されました。
最近作は谷崎潤一郎を囲む女性たちを描いた「デンジャラス」です。

年末年始は日刊紙の新聞の方の仕事が有りますので、休む時間はなかなか取れないですが、出来るだけ休むように溜め書きして、休む時間を取るような工夫はしています。
元日は正月料理を作って近くの神社にお参りしています。(3日までは休む)
おせちは昆布巻き、田作り、煮しめあたりが好きです。
子供時代は一番覚えているのが札幌で、牧歌的な感じが有ります。
「デンジャラス」は谷崎がデンジャラスと云う訳ではなく、モデルになった女性たちとの物語で、なにがデンジャラスかというと、女性たちが小説のモデルになることによって、谷崎と、あるいはそれを読んだ読者の方と、あるいは小説によってすこしずつ変わって行く世間との距離、間柄が微妙に変わってゆくことによって、自分が変容せざるをえないと云うことがデンジャラスなんですね。
色んな内面のざわめきがあると思うのですが、そういうような話です。
「細雪」の重子さんはもしかしてこういう人かなとイメージはつきやすいが、それは本によって作られたイメージですが、生きている重子さんがそのイメージによって変わらざるを得ない面もある。
小説とは違うなかで、その違いのなかで自分がそれに対してどう対峙して行くかということは難しい問題だと思うが、谷崎家の人々は世間的な注目を浴びているので、松子夫人、重子さんが注目を浴びるが、文学的慣行が起きないと云うことで、どんどん作家の方が新しい刺激が受けたいものだから、若いちまこさん?の方に行き、そうすると自分たちと谷崎が形作っていることが変容してゆくわけです。
その辺の危うい関係がデンジャラスなのではないかと言うことで書いたんですが。

谷崎潤一郎は周りの女性から影響を受けて書いていると思う。
谷崎潤一郎は人間関係に興味を持って、特に松子さんとの関係をずーっと濃密に書いてきて、常に近くの人間の濃密さから生まれてくる虚構を作っているわけです。
だから谷崎は面白いと思っていて、周りにいる女の人たちは大変だろうと云う気持ちはあります。
「細雪」、森田家四姉妹の事を書いていて、一番上の姉朝子さんが家督を継いで東京に引っ越して沢山子がいて、二番目が谷崎夫人の松子さん、三番目が重子さん、四番目が信子さん。
重子さんは結婚するが直ぐ寡婦になって谷崎家で一緒に住んでいる訳です。
「デンジャラス」では重子さんの眼で谷崎家の周りの関係を見つめている。
松子さんは谷崎が亡くなったとエッセーを書いている。
千萬子さん(精二さん(谷崎潤一郎の弟)のお嫁さん)も手記を書いていて、書いていないのが重子さんだけで、想像してみたいと思いまして、書かせてもらいました。

2015年から書き始めて、2年以上谷崎家の人々とお付き合いした。
準備期間を含めて3から4年かかっています。
松子さんには連れ子(恵美子さん)もあり、重子さんがいて、女中が6,7人居て、しかし家はそんなに大きくない。
女の人たちは大変だったと思います。
千萬子さんと息子さんが離れに2年間住んでいたりしました。
千萬子さんが新しい風を吹き込む。
谷崎は本の所蔵はあまりなかったようです。
新しいことが好きで又時代にも敏感で、千萬子さんの様な新しい人に何か吹き込んでもらいたい、自分はどんどん歳を取って行く。
歳を取って行くが、そういう人が好きだったらこういう小説はどうなんだろうみたいに、どんどんアイディアが湧いて行ったんだろうなあと思います。
谷崎潤一郎は貪欲で凄い、面白い作家だと思います。

ストーリーで描かれるものの中に案外、真実があることがあるので、読むのに時間がかかるので小説は時間がかかる芸術で、時間の経過がストーリーと親和性が高いと思います。
谷崎もストーリーを捨てることがもったいないと言っていて、私もストーリーを書くことによって何かその時間の経過を一緒に生きる事によって、何か判ってくることがあるのではないかと思って、谷崎の意見に賛成しています。
小説は映画、ドラマみたいに目で入ってくることはないので思いうかべる。
そうすると、人間の生きている事みたいなものが、どうやって生きて、なにを感じているとか、想像することによって入って来るのではないかと思います。
小説のいいところは、想像力を鍛えることだと思うので、鍛えると今まで通りすぎていたことが判るようになったりします。
その想像力は自分だけのものなので、自分の財産になって行くと思います。
人はそれぞれ違うと云うことなので、小説の良さはそれぞれ自分の個性を育てて行くという事なのではないかと思います。

私は自分のまわりの人たちのことを書こうとは思わないし、影響を受けた事が有っても全然違うものになって行きます。
作家は同一視されがちではあります
学生時代に読もうと思った時には表記(関西弁)が好みではなかったと思います。
それが理解できなくて無理と思って読むことに途中で挫折したものも有ります。
谷崎は多作であり、それだけ小説を書く力が沢山あると云うことです。
パワフルで、小説が好きだし、生み出す力がある。
「細雪」以降が特に好きです。
「細雪」は虚構性が無く、素直にぼんと書いている所が面白いと思っています。
谷崎潤一郎と松子さんのラブレターを見せていただく機会に巡り合い、凄い、真っ赤な便せんに墨で書いてある。
やりとりの手紙をみせていただいて、物凄い人たちだと思って次第に書かせていただくことになりました。