別所哲也(俳優) ・俳優とは行動する人
別所さんは1965年静岡県の生まれ。 1987年慶応大学法学部に在学中にミュージカル『ファンタスティックス』で俳優デビュー。 1990年 - 日米合作映画『クライシス2050』でハリウッドデビュー。 一躍注目を集めました。 その後はテレビドラマや映画で活躍、1999年 - 日本発の国際短編映画祭『アメリカン・ショートショートフィルムフェスティバルを主宰し、2004年にはアメリカアカデミー賞公認の映画祭に認定され、現在も毎年主催、開催されています。 又舞台、特にミュージカルで活躍し、「レ・ミゼラブル」、「ミス・サイゴン」をはじめ多くのミュージカルに出演しています。 今年還暦を迎えて、益々円熟味を増した別所さんに伺いました。
朝の生のラジオ放送を19年やっています。 ラジオはテレビとは違った繋がり方があると思っています。 大学に入ってから英語劇に接して、これが面白くて(大先輩に中村雅俊さん)俳優の道を目指すことになりました。 中高はバレーをやっていました。(186cm) ミュージカル『ファンタスティックス』で俳優デビューしました。 僕は紀伊国屋で「少年マット」の募集があり、大学4年の時のオーディションを受けました。 「レ・ミゼラブル」などのミュージカルを見にいって感動しました。 30代になってキャストが変る時に、ジャンバルジャンの主人公をやらせていただくことになります。 日米合作映画『クライシス2050』でNHKのオーディションを受けてデビューしました。(2年間アメリカにいていい勉強になりました。) 契約書も自分でサインしました。 米国映画俳優組合(SAG)の会員にもなりました。 今はハリウッドはAIですね。でも映画などの感情に揺らぎみたいなものは、スクリーンで生身で観たいという事はありますね。 感情があふれてしまって、セリフが止まったり、うまく言葉がつないで出てこれないという様な、人間描写がどこまでAIが出来るのか、と言う様な事はあると思います。
アメリカに行ったりする時に、ショートフィルムのスクリーニングに誘われて、ある時に短くても感動したり、ホロっと来たりして興味を持つようになりました。 ロバード・レッドフォードのユタ州の映画祭ではショートフィルムのカテゴリーもあって、観に行きました。(1998年) そこで凄く感動しました。 日本に戻って、自分でやってしまおうと思ってやっちゃいました。 「アクターとは行動する人」という事をアメリカで教えてもらいました。 日本発の国際短編映画祭『アメリカン・ショートショートフィルムフェスティバル』をやることで、世界中から新しい俳優さん、監督さん、プロデューサーの方とのであいが刺激になり勉強になりました。 27年やっていますが、全然飽きないです。
ミュージカルの面白さは、感情の起伏の中に音楽があって、その音楽がその人の心を表現して居たり、3重奏、4重奏、5重奏でキャラクターたちがいっぺんに歌っても、すべての歌詞、意味みたいなものが一緒に同時に理解できるってなかなかない構成ではないかと思います。 ミュージカルは構成がしっかりしていて、ナチュラルに見えても立ち位置とか4小節でセリフを言いきって気持ちも乗せてゆくとか、決められた中できちんと演技構成をしなければいけない。 2月に韓国ミュージカル「ラパチーニの園」(19世紀アメリカの作家ナサニエル・ホーソーンの短編小説「ラパチーニの娘」を原作とした、韓国発のオリジナルミュージカル) 出演者が5人で、僕はラパチーニ役をやります。 チラシには「その愛は毒と共に育つ。」となっています。 僕はその愛を阻む父親ですが。