ヒダオサム(造形作家・マリオネット作家) ・あそびは無限大~造形は“いのち”を吹き込む手作業
ヒダさんは長年、NHK子供向けテレビ番組に造形作家として携わってきました。 Eテレ「できるかなぁ」の、ノッポさん「つくってあそぼ」ではワクワクさんが作る工作を考えた人です。 現在も全国各地で講演会や工作教室を開催するほか、マリオネット作家としても活躍しています。 ヒダさんに工作の楽しさや今後の夢などお話を伺いました。
ノッポさんやワクワクさんが作る工作を考えた人です。 造形作家と言われますけれども、本当はマリオネットの作家です。 マリオネットは糸で動かす人形です。今年76歳です。 形を作る前に命を作る段階があると思います。 形と言うのは命と言う言葉に通じているんです。 子供たちは形を表現しながら命を創造しているんだと言う認識が大事だと思います。
私は76歳のおじいさんですが、心の中では3歳、4歳、5歳の元気な子供がいるんです。 1970年代ノッポさんとゴン太くんでお馴染みの「できるかな」の立ち上げにも携わりました。 「できるかな」は3歳の幼児向けに始まりました。 大変に喜んでくれましたが、ノッポさんの作るものは非常に上手く、子供たちは真似して作ると言う事はしませんでした。 その後20年も続いた人気番組になりました。 21年目に新番組としてバトンタッチすることになりました。 ノッポさんは本当はとても不器用なんです。 ノッポさんが自分で作るように仕立てました。
「つくってあそぼ」は4歳、5歳の主に5歳児です。 ゴン太くんに代わってゴロリくんになって工作が大好きな5歳と言う設定です。 ワクワクさんは本気でやっていて、ゴロリくんに負けちゃいます。 工作の番組が終わった週に、子供たちは材料をちょうだい、僕も作りたいと言うことになりました。 それが「できるかな」と「つくってあそぼ」の違いですね。 23年続きました。2つ合わせると43年間になります。 「できるかな」はアイディア担当が4人いましたが、「つくってあそぼ」では私1人でした。 台本も担当したようなものでした。 ゴミになるような品物をいっぱい貯め込んで工夫しました
生まれは満州です。 工作が大好きな子供でした。 私の父は満鉄のエンジニアでしたので、いろんな道具がありました。 その道具を好きなように使っていました。手に豆ができるほどハサミを使いましたし、怪我などもしました。 ロボット、飛行機、船などをたくさん作りました。 木なども削って、チャンバラもしました。ブリキのおもちゃをばらして、また組み立てるのが遊びでした。
3歳の時に、日本の鹿児島に戻ってきました。 父の仕事の関係で2年おきに小学校を転校するような状況でした。 小学校の頃は絵描きになることを夢見ていましたが、高校1年生の時に先生から夢がない絵だなぁと言われてあきらめました。 東京芸大の工芸科があるのを知って受験して合格しました。 芸大では金属のマリオネットを作り始めました。フーフーという人形劇のサークルがあり劇団に入って夢中になりました。 目が動いたり口が動く。軽くに夢中になりました。人形が命を吹き込まれていくような感じになるのが面白かったです。 卒業後フーフーのサークルの仲間で、人形の劇団を作って、マリオネットの仕事を始めました。 公演にはこぎつけず解散しました。
テレビ番組の「できるかな」に出演するようになりました。 転機になったのは、それから7年後位に、鉄のマリオネットの上演をしました。 そこの養護学校の子供の作品がすごかったです。 綿のロープを3本を切っただけのものを額に川の字に並べてあるだけでした。 障害のない人には何でもないかもしれませんが、養護学校の生徒にはロープを挟みできると言うそれだけの事が大変なことだと言うことがわかりました。 じっと見ていると、お父さんとお母さんと僕が手をつないでいるところと言うふうに見えてきました。
考えもつかない驚きの作品でした。 そこで作ったものを大切に扱うと言うことを学びました。 それが私の工作の原点です。 それで43年も続けたこられたと思います。 子供たちと工作遊びをするときに大切にしている事は作ったものの、世界を大切に扱うということです。 工作番組は作った後の遊びが大切なんです。 作った作品の物語を考えて感じること、それが作ったものの、世界を大切に扱うと言うことなんだと思います。 工作って子供そのものなんです。 その工作の物語を大切に扱うことがその子供を大切に扱うことと同じことだと思います。 その工作が世界中でたった1つの宝物なんだよと言うこと、あなたにはそれだけの値打ちがあるんだ言うことを伝えることが大切なことだと思います。 作ったものの世界を大切に扱うこと、それが僕の座右の銘です。
工作は自分を実現する鏡だと思います。 小さい頃にものを作る喜びや生み出す喜び、そして作ったもので遊ぶ喜びを知ることが大切だと思います。 遊びを共感できた喜びを感じて、自分自身の存在に喜びを感じられること、それが積み重ねられたときに、その子が他の世界と繋がり、自信を持って自立していく助けになると思います。 それが人への思いやりやイメージができる創造力や命をいつくしむ心、ものを大切にする心、真の創造力を生むんだと思っています。
54歳の時に小腸出血をしました。 3年半の闘病生活がありました。 その闘病生活から希望を持って、希望は忍耐を助ける、忍耐は希望を育むと言うことを学びました。 去年から毛皮で作った15センチ位の3本の糸で動かすマリオネット毛虫くんを作って、人形屋さんで販売しています。 糸の数の少ないマリオネットを広めていきたいと思ってます。