2026年3月30日月曜日

小田美樹(いわき市立玉川中学校音楽教師)  ・「合唱曲『群青』~作曲者の震災15年の葛藤~」

 小田美樹(いわき市立玉川中学校音楽教師)  ・「合唱曲『群青』~作曲者の震災15年の葛藤~」

全国で歌われている合唱曲「群青」、この歌は東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所で、避難指示が出された地域にある福島県南相馬市立小高中学校で生まれました。 歌詞には震災直後の2年間を過ごした生徒たちの率直な思いが綴られています。 作曲したのは当時の小高中学校の音楽教師だった小田美紀さんです。群青が誕生した経緯やそこにこめられた思い、そして震災から15年、小田さんの心の変化を伺いました。

*『群青』作詞:南相馬市立小高中学校 平成24年度卒業生 作曲:小田美樹

ああ あの街で生まれて君と出会い
たくさんの想い抱いて 一緒に時を過ごしたね

今旅立つ日 見える景色は違っても
遠い場所で 君も同じ空
きっと見上げてるはず

「またね」と手を振るけど
明日も会えるのかな
遠ざかる 君の笑顔今でも忘れない

あの日見た夕日 あの日見た花火
いつでも君がいたね
当たり前が幸せと知った

自転車をこいで 君と行った海
鮮やかな記憶が
目を閉じれば 群青に染まる

復興については、当時はたくさんのものが奪われて、震災によって何もなくなったところからパワーを持って変化してる感じがあったので、新しい街が作られているなぁと感じました。 卒業式が終わって職員室に戻って一息入れたときに揺れが来ました。 体験したことのない大きい揺れでした。 小高中学校よりも1段高いところにある小高工業高校のところに徒歩で移動しました。 初めて津波を見て信じられないような光景でした。 小田区では津波だけではなく、第一原発の事故はそこから長く続きました。 3月12日に爆発の音が聞こえましたが、その時は何があったのか全然わかりませんでした。 

私も福島市の親戚のところに避難しました。 小高中学では4人の生徒が亡くなりました。 4月22日に鹿島中学校を借りた形で、新学期がスタートしました。    体育館で始業式をしましたが、参加した生徒は10分の1に満たない位でした。   生徒たちとは交換日記みたいな形でやりとりをしていました。 毎日20人とやりとりしました 。たわいのない毎日のことが書いてあるのがほとんどでした。 家を取り壊すことになったとかそういった話もありました。 震災に関わる内容がどうしても多くなります。

震災の次の年の卒業式に歌を歌ってもらおうと思って、卒業式の歌として提案しました。 子供たちは全く歌いませんでした。 歌詞が「明日があるから幸せを信じて」と言うような歌詞なので、まだそんな思いにはなれていなかった。     自分が生きているうちに帰ることができるのかわからんような時だったので、あさはかだったと思いました。 前年と同じ失敗を繰り返さないために、作るしかないと思って、彼らの言葉に合わせて歌詞にまとめていきました。

「明日も会えるかな」と言うネガティブな歌詞もあるんですけれども、今隣りにいる友達が明日は会えなくなるかもしれない、と言うことを身をもってわかってしまっているんだなぁ、と言うことにすごくショックを受けました。 「あの日見た夕日、あの日見た花火。 いつでも君がいたね。」 と言う歌詞の部分ですけれども、小田中の音楽室から見る夕日が本当に綺麗なんです。 学校の近くで花火を見たりしました。 合唱部の女の子が1人亡くなっているんですが、彼女を思って作った部分です。  「群青」と言う題名にしたのは、小高中学校の校歌に「群青」と言う言葉が入っていまして、文化祭も「群青祭」という名前になってます。タイトルは最初から「群青」と決めていました

群青を1番最初に歌ったのは、京都のコンサートでした。  彼らが一生懸命歌ってくれたからこそ、客席の皆さんも「群青」を聞きながら涙をした客さんもいらっしゃいました。 客席の方たちの様子を見て感極まって、彼らたちも歌いながら泣いていました。 出版すると言う話になりましたが、震災のことを題材にして作った曲を出版する事は、辛い思いをした子たちを売り物にしてしまう、そういうふうに思われるのではないかと思って、躊躇はありました。 子供たちに相談したら子供たちはすごく喜んでいました。

辛いこと、悲しいことが題材になっているので、早くこの曲が歌われなくなるような、この曲がいらなくなるような平和な時代が来ればいいなぁと思ってた時期も結構長くありました。 私は大病をしてお腹を切って悪いところを取ったのですが、そうすれば元気になると思ってましたが、1年後に別な病気になってしまいました。 元気だったので何の備えもしていなかったと言うことに気づきました。 震災も同じだと思いました。 震災の復興が進んでいけばそのまま復興が進んでいてもらうと思っていましたが、穏やかな状態は震災後だけれども、次にまた次に震災が起きれば、今のこの時間が震災前の状態だと思いました。 震災前の時に次のことを備えておかなければいけない。私はそれをすごく怠っていたと言うことに気がつきました。

この「群青」を歌ってもらうことによって、次の震災のための準備を促す、思いをつなぐたった5分間の曲で、東日本大震災のことを知ってもらえるきっかけになのではないかと思いました。 この曲は歌われなくなればいいのではなく、そういう風に役に立ててもれるのであれば残しておくのがいいなあと、考え方が変わったのは病院のベッドの上でした。 あれから15年経って、15歳の春を迎える子たちが育つと言うのは、本当に大きな節目だなと感じます。

あれから二年の日が 僕らの中を過ぎて
三月の風に吹かれ 君を今でも想う

響けこの歌声
響け遠くまでも あの空の彼方へも
大切な全てに届け

涙のあとにも 見上げた夜空に
希望が光ってるよ

僕らを待つ群青の街で
ああー

きっとまた会おう
あの街で会おう 僕らの約束は
消えはしない 群青の絆

また 会おう
群青の街で