串田綾香(「アール・ブリュット」 アーティスト)・NHK障害福祉賞受賞者に聞く
NHK障害福祉賞は障害のある人自身の貴重な体験記録や、福祉の分野での優れた実践記録に贈られるもので、串田さんんは463点の応募の中から最優秀賞に選ばれました。 奈良県在住の37歳、小さいころから人と会話するのが苦手でした。 周囲に適応するあまり体調を崩し、20歳の時に広汎性発達障害と診断されます。 静養しつつも焦燥感にかられるなか、絵を描くことで自信を取り戻し、再び人や社会とつながるまでの日々を「アール・ブリュット」と題して綴りました。
受賞については、柳田邦夫先生もおっしゃっていましたが、「アール・ブリュット」というテーマが大きかったのではないかと思います。 「アール・ブリュット」と言うのは、正規の美術教育を受けていない人が、自身の内側から湧き上がる衝動のままに表現したり、美術作品をさすそうです。 私は絵の専門知識はゼロで美術に成績も並み以下でした。
今迄お世話になった方々への感謝を伝えて、その思いを繋げたいと思って応募しました。 自分の苦しみを見つめて外に発信する事は辛いと思いましたが、伝えたいことが大きかったので覚悟を決めました。 8000文字近いと思います。
冒頭部分
『普通になりたい。 私は今まだ溜め込んでいた感情をすべて吐露するかのように、嗚咽しながら泣きじゃくった。 「何かあった。」母は優しい声でしかし動じることもなく、私に尋ねた。 クラスの子が私のことを普通じゃないって、仲間はずれにする。 何で私は普通になれないんだろう。 「普通じゃないって個性的という事でしょ。 個性的な人って面白いから私としては少し羨ましいけどな。 でも仲間は外れは辛いね。」 母はいつだって優しい。 私はそんな母が大好きだ。』
これは小学校低学年の頃です。 自分が属する集団の大多数が普通だと思い込んでいました。 私は会話が苦手で常に緊張して、話せなかった。 クラスの大多数の人について模索する。 ノートにどんな風に過ごしているか、どのように会話しているのか、などをメモして自分なりに整理していました。 答えが見つかるのではないかと思いましたが、間違った答えが見つかりました。 それを模することが社会で生きてゆく中で、正解だと勘違いしてしまいました。
「高校生になり私が擬態することを覚えた。 そうすると友達のいなかった私の周りに一気に友達が増えた。 しかし、過剰に人に合わせるという事は、本当の自分を殺すという事。 気付くとその反動から心はからからに乾いてゆき、まるで壊れかけの機械のように私の心は空っぽになった。」 この部分です。
他の人が笑ったら笑ったりとか、気に入られようとしていました。 相手中心で、きっとこうしてほしいんだろうなとか、そういうことを察して自分が動いていました。 自分の身体と心が離れてゆくような感じでした。 高校3年間その状態が続いて、その後は精神疾患でどうにもできなくなって休養した感じです。 クリニックに行って広汎性発達障害と診断されます。(20歳過ぎ) 生まれつきの脳の特性によるもので、コミュニケーションが苦手だったり、得意な事と不得意な事に大きな差が有ったりします。 私の場合は情報処理能力が低くて会話が苦手なんです。
医師から「今までお疲れ様です。」と言われて、涙が止まらなくなりました。 今迄の辛かったことがバーッと流れ出るような感じでした。 気持ちが少しずつ楽になって行きました。 同級生が就職、結婚などのうわさを聞きましたが、引きこもったままで自分はこのままでいいのかなと思いました。
一人の或る製作動画を見て、自身の内側にあるものを描き続けたいと思いました。 自分の描きたいものが形になったと思いました。 最初のものは点描画でした。 使っている色は明るいものです。 心の中はまだうつうつとしていましたが、描き出すと明るい色が自然に出てきました。 衝動のままに描く「アール・ブリュット」 私の絵は構図も独特で線にゆがみもあります。 生きる事、命を尊重することの表現が私にとっての「アール・ブリュット」だと思います。
作家登録をして作品が採用されると、収入を得る事が出来る福祉団体を知る事ができました。登録をしていろいろな企業からオファーがありました。 社会とつながるきっかけになり感謝しています。 その後就職をサポートして頂き、今の基盤ができました。 フルリモート勤務で週4日で仕事をしていて、 大半は絵画制作に宛てています。 会話の苦手な私でもハードルの低いコミュニケーションだと感じています。
体験記を書くことによって、かなり上質な自己整理になりました。 3日間で書き上げました。 支えられていたばかりだと思っていましたが、私も受賞を受けて私も誰かの役に立ってたらなと思う気持ちが強く芽生えました。 アートを通じたピアサポート(同じ体験をした仲間(ピア)が相互に助け合 う(サポート)こと)を始めてみたいと思いました。 3月には講演、ワークショップ、原画展示などをさせていただくことになりました。 会話が苦手なのでその私が考えるコミュニケーションとはと言うところを、絵を通じて伝えていきたいというところのサポートを考えています。 今いる環境が本当にあっているのかと言う問いかけをして欲しい事と、自分を受け入れてくれる、理解してくれる環境が有れば、その人の個性や価値は180度変わりうるという事を伝えたくて、応募しました。
体験記の結びの部分。
「これからも企画やイベントなど様々な人との出会いを通じ、多くの人と未来と言う大きなキャンバスに、可能性と言う色を塗り続けることで、誰もがそのままの自分で輝ける世界を創造してゆく、私の創作活動はそのためのちいさな一歩だ。」
柳田邦夫氏の選評の一部。
「人は自分の内面を表現できるようになると、人と交わえるようになり、自己肯定感を持てるようになるものです。 これからも自分をいろいろなかたりで表現するように、道を捜してくださいね。」
私は環境に悩んで環境に助けられてきたので、環境の大切さを今後も絵を通じて伝えていきたいと思います。
「声」 岸田さんの詩
曇る小瓶のコルクを外す そっと広がる星の砂 どれも誰かの宝物
時々混じる水色を 声は風 今日も種をふるわせて