藤井フミヤ(シンガーソングライター) ・〔深夜便アーカイブス〕 【芸の道 輝きつづけて アンコール】
藤井フミヤさんは1962年福岡県久留米市出身。 高校2年の時にチェッカーズを結成、1983年チェッカーズのリードボーカルとしてデビュー。 数々のヒット曲をだしますが、1992年に解散、翌93年ソロ活動を開始します。 以後、ミリオンセラーとなった「TRUE LOVE」「Another Orion」などが」幅広い世代から親しまれてきました。 弟の藤井尚之さんとF-BLOODとしても活動を続けています。 歌だけ出なくデザイン、プロデュースとかの方面に活動を続ける藤井フミヤさんに伺いました。
深夜便、「「手のなる方へ」 作詞:河口京吾・藤井フミヤ(共作)、作曲:河口京吾
バンドによる生演奏で、今時録音の仕方としては少なく、優しい音になっていると思います。初めてバンドを結成したのが中学1年の時でした。(文化祭用 ロックンロール、 キャロル) 高校1年の時に軽音楽部に入りました。 チェッカーズを組んだのは高校2年でした。 シャネルズの子供版と言った感じでした。 ジュニア部門グランプリを頂きました。 東京に住んでみたいという様な憧れがありました。 21歳で7人で東京に行きました。 チェックの衣装を着ることによってアイドルになったんでしょうね。
31枚シングルを出して全てトップテン入り。(10年の活動) 1992年12月31日の紅白歌合戦を最後に解散しました。 生きてゆく方向性の違いがあり「チェッカーズ」としてのまとまりがなくなって来ました。 完全にフリーとなり模索しているような感じでした。1993年から音楽活動と並行し、時代に先駆けてパソコンで制作したCG画を発表したり、 「FUMIYART(フミヤート)」名称で個展を開催したりしました。 元々美術は好きでした。 テレビドラマの主題歌を歌わないかとオファーがあって、レコーディングして『TRUE LOVE』がヒットしました。 アルバムも作ることになりました。 ツアーもやることになりソロ活動になって行きました。 曲を作って詩を書いてゆくパターンですね。 文字に対する好奇心が無いとすらすらとは書けません。(読書など) ミック・ジャガー、ポール・マッカートニーらはロック、ポップスでは地球上で一番上なので、二人がどういうふうになって行くかという事をみんな見ていると思います。 ステージをやっていないと逆に直ぐに老人になってしまうんじゃないですか。 私も58歳になりました。 健康であればいつまでも歌うんだなと思いました。
オンラインライブの手ごたえは、テレビ番組のスタジオに似ています。(お客さんがいない。) コメントをいれてもらう事によって盛り上がりました。 同じ時間を共有しているという感覚はあります。 2014年にオーケストラとの共演を行いました。 NHKで坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」をフルオーケストラで歌ったのが初めてです。 リハーサルも1,2回です。 不安しかないです。 バンドとは全然違います。
*「君が僕を想う夜」 作詞:小竹正人,作曲:遠藤慎吾 歌:藤井フミヤ (フルオーケストラをバックに歌う。)