2022年4月3日日曜日

田中秀幸(声優・ナレーター)      ・【時代を創った声】

 田中秀幸(声優・ナレーター)      ・【時代を創った声】

71歳、「サザエさん」のマスオさん役の声、アニメ「ドカベン」の山田太郎、多くの俳優の吹き替え、ナレーターとしても活躍。  

コロナ禍で収録の仕方も変わってしまいました。   以前は20人以上集まって、3つのマイクに代わる代わる使っていたりましたが、3人で1本の専用マイクでパーテーションを置いてという形になってしまいました。   みんなとの会話が本当に減ってしまって、飲みに行くことも一切なくなってしまって寂しいです。    

5歳の頃、ニッポン放送の児童向け連続ラジオドラマアッちゃん』のアッちゃん役に出演。 岡部冬彦さんんが原作。   父がオーディションに応募しました。  父は映画監督になりたかったそうです。    父がオーディション会場に行って見たかったので応募した様です。  当時私はは無口で引っ込み思案な子でした。  行くのは厭だなあと思っていた記憶はあります。  400人ぐらいいましたが、たまたま受かってしまいました。 

放送は月~土までの10分間のラジオドラマでした。  ラジオ局開局2年目の番組でした。 当時はラジオが楽しみな時代で聞いている人は多かったです。  6年間続きました。   共演したアッちゃんのお父さん役の真木恭介さんに自分の劇団に入るよう誘われまして、籍を置きました。  中学、高校に通いながら演技の仕事を続けました。  基礎訓練しないままで来ていたので、桐朋学園芸術短期大学に行っていろいろんなものを勉強しました。    劇団青年座にいれていただき、全国公演、学校公演などに参加しました。  テレビは外国映画が多く放送された時代で私も吹き替えをやっていました。  アニメは1976年の「ドカベン」ですが、よく覚えていません。  声優の道に進もうという作品になりました。   先輩たちの役作りを見ていて、こんなに面白い仕事なんだと思いました。  

舞台の勉強をしてくると、お芝居の基本、せりふは間とリズムじゃないですか。  間とリズムの難しさと言うのは感じました。   トータルの時間が合えばいいわけなので、セリフの間のパクパクが空いてもおかしくはないんですね。  リズムの変え方、ニュアンスのつけ方とか、出来るようになってきます。   吹き替えもアニメもそうです。   1977年から放送のアメリカのテレビドラマ白バイ野郎ジョン&パンチ』のジョン役を担当。  スタートが深夜放送の番組だったので、作るのに自由度が高かったんで、ほのぼのとした警察物の話でしたが、特にパンチ役の古川さんはテンションの高いものを作っていました。 古川さんと一緒にオリジナルのエンディング曲も歌わせてもらいました。   人気が出てそのうちにゴールデンタイムの放送になりました。  

吹き替えの方がアニメよりも自由度は少ないですね。   芝居の呼吸がどうしても合わせにくい役者さんとかはいますね。   アニメなどの場合、想像力については、声優がやろうが、役者さんがやろうが、歌手の方がやろうが、想像力は皆さん持っているんで、そんなに変わらないですね。  声優の世界とドラマの世界とかと、境目がどんどんなくなってきています。  

2019年にフグ田マスオ役を増岡弘さんから受け継ぎましたが、オーディションを受けないかと言われた時には声質も違うし、芝居の質も違うから無理でしょうと言ったんですが、とりあえず行ってみました。  新しいマスオさんのキャラクターを演じてくださいと言われました。  そこで演じたらすんなり決まってしまいました。  大変な仕事を引き受けてしまい、皆さんに定着するまで2年はかかると思いました。  もう2年が経ってしまいました。  

ここまでの声優人生の中で、大きな苦労は幸いなことにしていなくて、良い人たちが周りにいてくれた、巡り合えたというのが大きいです。  節目節目でいい方たちとの出会いがあったんで、僕はここまでやってこられたと思っています。  

若い声優へのアドバイスとしては、自分にしかできない役作り、自分にしかできない表現の仕方、そういったところを最初の段階から目指した方がいいと思います。  何々っぽくしゃべれるのは今は山のようにいますから、自分にしかできない、そういったものを見つけるという事を早い段階からやった方がいいと思います。   そのためには見たり聞いたり感受性を豊かにして、自分の中にいっぱい引き出しをもって置くことが必要だと思います。 常に悩み続けることは必要だと思います。  そうするとポッとヒントみたいなものが出てくる時があります。  悩まないとそういったヒントみたいなものにも気づかない。


2022年4月2日土曜日

桐竹勘十郎(文楽人形遣い・人間国宝)  ・【特集インタビュー】「人間浄瑠璃」にかける

 桐竹勘十郎(文楽人形遣い・人間国宝)  ・【特集インタビュー】「人間浄瑠璃」にかける

大阪ではぐぐまれた舞台芸術、人形浄瑠璃、その人形を人間にしてみたら一体どうなるのか、そんな仰天な試みがこのほど実現しました。   題して「人間浄瑠璃」   人形になるのは森村泰昌さん、古今の芸術作品を自らの身体で再現するアート作品で世界的に評価されている芸術家です。   その森村さんを使うのは文楽人形遣いの桐竹勘十郎さん、人間とは何か、人は自分の意志で動いているのか、試みを通じて思索が深まりました。  その前代未聞のプロジェクトにかけたお二人に聞きました。

森村:「人間浄瑠璃」というプロジェクトがありまして、桐竹勘十郎さんといま悪戦苦闘しているところです。  自分自身が何者かに扮してそれを写真に撮るということをして、マリリンモンローとかゴッホとかになりましたが、文楽の世界とどうかかわらせていただくか、と言う事で考えた時にいきなり勘十郎さんになるというような名人芸は出来ないので、人形だったらもしかしてなれるのかも知れない、それを勘十郎さんに操ってもらうという事でこれまでに見たことのない世界が生まれてきそうな予感がしました。   「人間浄瑠璃」はいかがですかねと、お尋ねしたのが始まりです。

桐竹:なんかけったいなことを考える方やなあと思う反面、面白いと思って興味が湧きました。   人形は公演の度に、手足を付けて衣装を着けて仕上がった頭を付けて、舞台に出られる状態にこしらえてゆくんです。  人形遣いが手を通して初めて動けるんです。   それを人形ではなく人間でという事は操られたいと先生がおっしゃいましたので、難しいけれども非常に面白いと思いました。   

森村:まず「人間浄瑠璃」という言葉から思い浮かびました。  人間は自分の意志でいろんなことをしていると思うんですが、もしかして全くの自由意思で動いているというよりも、もしかしたら何かに操られているかもしれないとか、それは神様、社会、運命に操られているのかわからないけれども、後ろに何かいるのではないかと思った時に、文楽の世界にリアリティーがあったりしました。  ロボットが好きで空想したりしました。   人形になってみたらどんな事になるんだろうと思いました。  人間、人間らしさが逆にわかるのではないだろうかと思いました。  人形と人間のはざまで日々悩んでいます。

桐竹:50年以上人形遣いをやっていますが、人間が操れているのかもしれないという話を聞くと、じゃあなぜ私たちは人形を使っているのかなと、今回改めて考えさせられました。 難しいのは空っぽの状態にどのぐらいできるのか、という事です。  意志があると私の伝えたいことが通らなくなって、客席に伝わらなくなるのかなあと、そこの部分で悩んでいます。  

森村:人形は宙に浮いていますが、人間は宙には浮けない。  重さが感じられる限り、人形にはなれないんです。  重さをどうやって捨てられるのかなあとか、いろいろあります。   舞台に人形と人間人形が並ぶときがあり、どう二つの関係が見えるんだろうか、人間人形としてはどっかおかしい、ずれがあるぞとか、ピタッと来るときとずれがある時があると「人間浄瑠璃」だという風に気になれるのかなあと思ったりします。  頭をどういう方向に向けるのか、指示を貰うのにどうしたらいいかとかいろいろ試してきました。 

桐竹:本来なら左手で頭を持つわけですが、頭の下の棒に当たるところを、ちょっと見えないところに付けてそこから先生に何かの伝達をしてゆくという事を考えていて、2,3回やってなんとか行けそうかなと思います。  一発勝負みたいな形でやると意外と面白いものが出来るのかなあと思います。  3人使いで、私と先生ではない手と足で行います。 

森村:太夫さんの語りと三味線が入って来ますが、重要な要素として文楽の世界にあるわけです。   本格的に聞こえてくると人形としてはイメージが出てくる様な気がするんです。  そこに勘十郎さんからの指示が入って来ると、なにかわかることがあるような気がするんです。 向く動作の時の速度とかが、勘十郎さんからの指示とか音楽にうまく乗せられると、勝手に動いてゆくような、まさに文楽の面白さかなあと思います。  頭のなかで描いている理想像です。

桐竹:太夫さんの語りと三味線の描く世界のなかでしか僕らは動けないので、浄瑠璃で気持ちが変化してゆきます。   音無しでは表情の変化などは出来ません。  僕が指示を出すというよりは音と、人形、操る人、三者が交わったところを見ていただく、そんな舞台にしたいと思います。 

森村:今回書き上げた作品は、散歩している時に見る大阪の入り組んだ路地の世界、そういう感覚を大切にしたいと思っていて、誰もが知らないところへ皆さんと一緒にそこへ行くような物語なんです。  謎の大阪の世界と言うような感じです。  

桐竹:森村さんには空っぽになってきてくださいと言うだけです。  

   次にどうするのかという伝達が一番難しかったです。   改めて文楽の人形というすばらしさを感じました。  

森村:勘十郎さんからはきっちりと決めてそれをしっかりとやってゆくという風に思っていましたら、勘十郎さんからは一切そういうことはないんです。   人間とか人形とか考えずにやっていました。  

桐竹:人形の国の一員となったりとか、どっちが人間でどっちが人形だったのかとか、そういう世界が裏表になっていると思うんです。   ちょっとややこしくなるような瞬間を感じ取ってもらえたら、それは「人間浄瑠璃」じゃないかなあと思います。   

5/13(金)午後9時25分からEテレ「日本の芸能」で放送されます。


2022年4月1日金曜日

廣瀬タカ子(里親・ファミリーホーム運営)・いのちが出会って家族になる

 廣瀬タカ子(里親・ファミリーホーム運営)・いのちが出会って家族になる

74歳、里親として常時5,6人の里子を受け入れるファミリーホームを運営して31年になります。   里子を受け入れる環境を整え、広げたいと全国連絡会を作って国に陳情し、この小規模住宅型児童養育事業ファミリーホームは2009年から国の事業にもなっています。   子供にとって乳児期に信頼できる大人と深い愛着関係を育てることが、その後の人間関係を築くうえで大切です。  それは血縁に限られるものではないと廣瀬さんは言います。  親子とはなにか、家族とはなにか廣瀬さんと里子たちとの日常の暮らしから考えて行きます。

今は6人と補助さんと私たち夫婦と暮らしています。  補助さんは常勤とパートさんといて14人ぐらいいます。  補助さんは日中自由に出入りします。  いま赤ちゃんから高校生までばらばらにいます。   朝は起きてきた順番に食べるようになります。  ホームに初めて来た子は何を食べたいかとか言えないし、冷蔵庫の中とか自分の席にないものは食べられないと思っている。   施設にいた子は決まった時間に決まった事をやるような生活をしていたので、自由に出来ることに対して最初は大変だったようです。   食べるもの、お風呂とか、寝る時間、起きる時間など自分たちで考えて行動していけるように、向けてあげたらいいなあと思ってます。   家のなかではリラックスできるところだと思います。   

以前は「お母さん」と言われていましたが、今は「タカちゃん」と名前で呼んでくれています。  子供たちも名前で呼んでいます。    実の親については児童相談所と連絡を取りながら、子供たちにいつかは認識してもらって、自分は自分で必要な環境の中で学んだことを自分たちで生かしていってくれればいいと思います。   肉親の関係を途切れることなく、命と言うもののつながりがあるんだと、「タカちゃんたちは応援しているからね」と言ったりして対応しています。

病気の時などは受診券を県から発行してもらって、保険証のある子は出して、受診券を出して登録してもらって受診します。    地域の人、医療機関、学校など関係機関が連携して暖かく見守ってもらっています。   0歳児は児童相談所が動いて委託先をさがしてきます。   うちではどんな子でも、と言う風にうちの基盤があるので、途中で逃げ出した親御さんであっても、虐待で死にそうにたり、殺されそうになった赤ちゃんでも、未熟児、へその緒が付いた赤ちゃん、どんな赤ちゃんでも受けます。   命を助けるのに私も死に物狂いというか、新生児が来たばっかりはどんなことが起きるかわからない。   ミルクが全く飲めない、2000gに満たない赤ちゃんがいて、病院に連絡を入れたら、体内虐待を受けている子だった。  お腹の中にいる間に、DVを受けたり、急激な変化がお母さんのなかで緊張したり、いろんな外圧にお母さんが耐える時に、赤ちゃんもお腹の中で耐えるんだと思います。  24時間365日目を離さない。  熱出したり、下痢したり、吐き戻したりすると一番危険です。  病院にすぐ連絡できるようにします。  そういった乳幼児は30人ぐらいいて、養子に行けたら養子に出します。   実の親のところに帰れる子は帰る。

若いお母さんは自信をもって生んで欲しい。  赤ちゃんが出来たからと言って罪なことではない。  サポートするところはいっぱいあるから、応援するからと言いたいです。  子供たちは決してどうでもいい子なんていないんです。   一人一人大切な命をみんなで支えるような世の中になってほしいと思います。  74歳になっても、生まれてきた命は明日につなげたい、ただただそう思っています。   毎日が凄く大変ですが、大変な毎日を誰かがサポートしてくれるものなんです。    中学生ぐらいから妊娠、出産につながってくるケースがあるんです。   サポートにつなげていけるところがあればいいし、手を差し伸べてくれる人たちがいればなおいいと思います。   

親が納得すれば養子に行くケースが多いです。   親子の別れがあるわけで、その親に言うんですが、「貴方は貴方の人生だし、いま思春期でこれから楽しいことがいっぱいある、この子のために楽しい人生を棒にしたら絶対生涯苦しむことになるから、自分の人生を、正しい状況で青春を謳歌しなさい、そのためには過ちと思わないで、それを別の人にゆだねるのも方法だよ」と、説得するわけです。  「うん」と言ってくれる人は手続きをする。   養子に行って20歳を過ぎたら、やっぱり親に会いたいと言ってきます。   生みの親は生みの親で生活しているから、会うことは構わないけれどもそこに入り込まないようにと一言言います。    「そうする。」と言います。  赤ちゃんからそこまで言うまで、育てるのがまあ大変なんです。   小学校2年生の頃に自分の養育歴を勉強するわけです。  そこのところがネックになっていますが、そこでは事実を隠さないでしっかり教えています。   

自信がないと前に進めないんです。  心の支えは一緒にいる人がどう寄り添うかによって、子供の成長過程は変わってきます。   相手方がいいとか悪いとかは、自分の見方だから、自分の目線だからね、自分の目の高さでないと排除しよとするから悪くなってしまうけど、それは自分と違うから相手も違うというところで、小さい時から教えてゆく。   みんながそれぞれ違っていいからそれを否定しない、と教えて行かないと大人の世界になった時に、あいつは厭な奴だとか、いじめに成ったりにつながって来る。  反抗期は自分を相手に団交できるという事は自分を出すという事だから、自立に向かっているわけです。 蓋をしないで大人になったねと、ものを壊すようになったねと言うわけです。   寛容に受け止めてあげて、対処の仕方を言ってあげる。  

パワーはどこから生まれてくるのかと言われますが、子供たちから学びます。  子供たちは昨日できなかったことを今日できるんです。  その発見が何とも嬉しいわけです。  良いこと、悪いことの知恵の周り方が十人十色で全部違うわけです。  それが凄く新鮮なんです、毎日。  だから子供と一緒にいないと自分が自分でないような気がします。  人同士がやり取りする、支え合う、交流する。  年齢のリレーみたいなものだろうなあと思います。


2022年3月31日木曜日

日下田正(染色家)           ・益子の藍を守る

 日下田正(染色家)           ・益子の藍を守る

栃木県益子町に或る藍染め工房の9代目で現在81歳。 自家栽培した綿花を糸車で糸に紡ぎ、天然染料で染め、真綿本来の風合いを求めて、手作業、手織りにこだわり、常に新しい布を模索してきました。  2018年に県の文化功労賞を受賞し、記念展示会を去年の10月から今年の1月にかけて開き、独自技術の「混じり糸」を使った作品を披露しました。 藍染の奥深さと日下田さんの伝統工芸への情熱を伺います。

かめ場には30cmぐらい高くなったところに、藍かめが規則通りに埋まっています。  72本ありますが、200年使い続けてきました。   2本は割れてしまいましたが、70本は使えます。   20本は現在藍染の液体が入っています。   「藍建て(あいだて)」と言って染まる状態にする作業があり、2週間ぐらいかかります。   浮かんでいるのが「藍の花」と言いまして、発酵する為に出るあぶくです。   日本の藍染の原料になるタデ科の植物で「蓼藍(たであい)」という草の葉っぱです。  葉っぱの中に青く染まるインディゴ色素が含まれています。  これを100日ぐらいかけて発酵させて堆肥状態にしたのが「蒅(すくも)」と言います。  我々染屋に供給してくれます。   世界では4種類ぐらいのものから何千年も染めてきました。  このかめ場は日本でもあまり残っていないと思います。

残してゆくには火事と地震は心配で、東日本大震災の時には液がこぼれました。  一番心配だったのはかめにひびが入ったりすることで使えなくなる事でした。  ひびが入っていないかどうか、2か月ぐらいは毎朝液を観察していました。   「火どこ」と言って真ん中に穴が開いていて4つのかめを温めます。(連結はしていない。)   液の出来上がり具合は「藍の花」の形、色で判断します。   

藍染は一般的にはジーンズなどに使われています。   100%化学藍で染められます。  化学藍に比べれば独特のマイルドな色合いを持っています。  化学藍と比べて桁違いの時間とお金がかかるし、技術も必要で維持してゆく難しさを感じます。    

私で9代目になります。  17,8歳でいろいろやりたいことがありましたが、長男でもあるし、先行きを気にはしていました。   高校3年生の夏に跡をついでみようかなと決めました。   機械が糸を作り、機械が布を作る、化学染料で染める時代に、「蓼藍(たであい)」という草の葉っぱから非常に時間をかけて作る、又技術的にも難しいという事で、新しい技術になかなか対抗できなくて、衰退の一途をたどってきた時代でした。  私の父親の時代が一番難しさを感じた時代だったと思います。   栃木県でも100数十軒は藍染め屋、同業者などがあったと思います。  今現在は2軒だけとなりました。   染物屋は糸を染めたり白い布にいろいろな文様を染める、いわゆる染物の世界でしたが、織物もその中に加えてみたらどうかと、自分なりに考えて織物を勉強しました。   

オリジナルという意味で「益子木綿」という名前を付けました。  隣町に真岡という町があり、「真岡木綿(もおかもめん)」といって」江戸時代中期から明治の初めごろまでは一世を風靡した品質のいいという「真岡木綿(もおかもめん)」の産地でした。  

茶綿、茶色い色をした木綿で柔らかくて、これを使うのが一つの特徴です。  子供のころ、畑に綿の種を撒いて収穫して、それぞれの家庭で糸を紡いで私の家に持ってきました。白い綿のほかに茶色い綿があったのを覚えていました。   自分で綿を織ろうと思った時にそれを思い出して、種を捜しました。   関東地方にはないことがわかって来ました。鳥取県の弓ヶ浜の海岸ヘリで作っているという事を知って、種をいただきました。  何十年前になります。  茶綿を作るのも一つの仕事になっています。 

昨年10月から今年1月まで「藍より青く」という展覧会を開催しました。  展示物には3年間かかりました。  「混じり糸」といって綿のうちにいろいろな色に染めて、色合わせをしながら一本の糸を紡いで、一本の糸にいろいろな色が微妙に入ってきます。  それを織り重ねてゆくと独特の風合いになります。  茶綿と混じり糸からが特徴になっています。  混じり糸は10年前から始めて、ふくさとかお茶の道具をテーマに今回作成出品しました。  2018年に栃木県の文化功労賞を受賞しましたが、ピンとはきませんでした。

栃木県の古い県立高校で、服飾デザイン科という科を新しく作って、布がどういうふうに出来上がってゆくか、という事で機織りの使い方、染め方などを最初1週間に4日教えて、それが20年以上続くことになりました。  生徒は紡いで布を織れるようにまでなりました。中にはそれがきっかけでアメリカの美術大学に留学などもしました。

藍染の染の技術の高さは海外の若い人でもわかっていて、ジャパンブルーと呼ばれる、身体が続く限りやってゆきたい。  




2022年3月30日水曜日

2022年3月29日火曜日

田中修(甲南大学特別客員教授)      ・植物に命を学ぶ

 田中修(甲南大学特別客員教授)      ・植物に命を学ぶ

昭和22年(1947年)京都生まれ、74歳。  両親が植物が好きで幼いころから植物を身近に感じていた田中さんは、小学生の頃、何故植物は春になると芽を出すのだろうかと、疑問を持ちます。    植物は不思議な仕組みを持っている、このことが田中さんが植物研究の道に歩ませたのです。  1971年京都大学農学部卒業、1977年同大学院博士課程修了。  米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、甲南大学理学部助教授。

専攻は植物生理学です。  植物生理学は植物の生き方なんですね。   コロナ禍で命を守るために3つのことを我々は心がけているんです。  ①外食を自粛する。  ②マスクを着用する。  ③密閉、密集、密接を避ける。  植物はこれらをずーっと守って生きてきているんです。   ①→うろうろしていない。  ②→植物はしゃべらない。  ③→植物は1回だけ移動できるチャンスがあり、種の時です。  一緒のところで発芽したら、密になりますから、出来るだけばらばらになるようにします。  山に行くと間隔をあけてソーシャルディスタンスを保ちながら生きています。     植物は生きる極意を身に付けて生きています。 

植物の命と人間の命の違いは大きく3つあります。   ①生きてきた歴史が違います。 植物は地球上に約4億7000万年まえに陸上に上がって来ました。   ホモサピエンスは高々20万年前です。   ②植物は自分の進化を環境に合わせて世界中に進出してきます。最初は水辺でしか活動しません。  今は世界中に植物は有ります。  本数は3兆400億本あると言われています。  人口は78億人程度。   おおざっぱに一人約400本の木があるという事です。   高さが120cm(日本 130cm:世界)のところの太さが10cm越えると樹木として数えます。   空から地球上の航空写真を撮って、緑の濃い部分、薄い部分について実際に数えて(40万か所)、航空写真の色と合わせてコンピュータで計算します。 人間の寿命はせいぜい100年、縄文杉とか、樹齢2500年~3000年とかあります。  アメリカ西海岸では樹齢4700年、4800年と言われています。  ③植物は自給自足で生きて行きます。  光合成でブドウ糖、でんぷんを作ります。   材料は水と、二酸化炭素と太陽光でコストもかからない。     地球上のすべての動物の食料は植物が作ってくれているんです。   植物の根は長いものは8万年と言われています。  地上は枯れるが根は生きているんです。   根の広がりで見ます。  一本の木で東京ドーム9個分と言われます。   遺伝子が全く一緒かどうかで判定します。  根が1年間でどれだけ伸びるのかを見ます。  そこから年数を決めます。   長い歴史、自給自足、寿命が長い。

根と言う字は大事なところに全部使われます。  根幹、根拠、根本、根性。   同じ植物を乾燥したところと湿ったところで育てた木では、地上部は圧倒的に湿ったところが大きくなる。    乾燥地の根は水を求めて深く深く伸びて行ってます。  湿地の根はちょっとしかない。   根性と言う言葉が使われたんでしょうね。   

稲は水田で育ちますが、夏になると水を除いて(中干し)、田んぼを乾かし、稲はこれではいけないと思って根を生やすんです。   秋には垂れ下がる穂を支えることが出来ます。

ユウカリの木が金鉱脈を掘り当てたという事で話題になったことがあります。  ユウカリの木に金が混じっているという事を見つけました。   木の高さは10m程度ですが、地下30~40mのところに金鉱脈が見つかったんです。    

人間の健康を守ってくれるのは植物です。   野菜、果物が栄養になってくれている。  人間に紫外線が当たったら、活性酸素が生まれます。   活性酸素はシミ、皺、白内障、皮膚がんの原因になる。   植物に紫外線が当たっても活性酸素は生まれます。    植物は活性酸素を取り去る物質を作っています。  抗酸化物質は活性酸素を消去します、代表的なのがビタミンC、ビタミンE、ポリフェノール(代表的なのがアントシアニンカロテノイド)。  カロテノイドは黄、橙、赤色などを示す天然色素の一群です。    花のめしべの下の方には種が生まれてくるので、紫外線の害をうけると、大変なので種が出来るところを綺麗な花びら(抗酸化物質)で固めて、守っているんです。  交配のために蜂や蝶を集めるために花の色、香りがありますが、もう一つの理由は種を紫外線の害から守るという働きがあります。   人間も紫外線の害から守るために抗酸化物質を食べるんですね。   人参、イチゴ、スイカなど食べるわけです。   植物に健康も守ってもらっているという事です。

桜が咲いてきますが、1年間努力しているんです。   咲き終わって夏になると次の年の春の蕾を作るんです。   樹木は種を作るまでの時間が長いんです。  硬い芽は冬の寒さをしのぐための芽なんです。(越冬芽)    どうして寒い冬が来るのがわかるのかと言うと、植物は夜の長さを測るんです。   葉がアブシシン酸という物質を作り、夜が長いほどたくさん作ります。   秋になると夜がどんどん長くなる。  芽にアブシシン酸をどんどん送ってゆくと越冬芽に変って行くんです。   冬至が最も長く、最も寒いのは2月で、夜の長さの変化は気温の変化を二か月余り先取りして動いているんです。    夜の長さを測ることで前もって知っていて、越冬芽を作るんです。  なんで桜は春に咲くのかと言うと暖かくなるから。  でも暖かくなるというだけでは咲かない。   桜は用心深くて冬の寒さを体感しないと、暖かくなっても春が来たなと信じない。   越冬芽の中のアブシシン酸が冬の寒さのなかで分解されてゆくんです。   アブシシン酸がなくなって暖かくなったら、ジベレリンという物質が増えてくるんです。   ジベレリンは蕾から花を開かせる物質で、春にはジベレリンが増えてきて花を咲かせます。  と言うわけで1年間物凄く努力してきているんです。 

現象の裏にはそんな仕組みがあるのかとわかると、感動とか喜びを得ます。   ちょっとした疑問をなんでだろうと考えることで、仕組みに行きついたり、行きつかなかったりします。  不思議が一つ解けたら必ず次の不思議が生まれます。   中国の言葉に、一日楽しみたかったらおいしい料理を作ってお酒を飲んで居たらいい、1週間ぐらいだったら舞台を用意して友達と一緒にお酒を飲んで居たらいい、一生楽しみたければ、〇〇になりなさいと言うのがあります。  〇〇は人によっていろいろあると思いますが、ここでは庭師なんです。  庭師は植物の不思議な現象に出っくわして、いろいろ考えて喜び感動があり不思議を感じさせてくれ一生楽しめる。    







  

2022年3月28日月曜日