小泉武夫(農学博士・東京農業大学名誉教授) ・ 「人生は発酵する~83歳、好奇心はまだ止まらない」
味噌や醤油、日本酒、納豆と日本の発酵文化の魅力を伝え続け、発酵という言葉を広く世の中に浸透させました。 小泉さんは東京農業大学名誉教授農学博士です。発酵学、醸造学、食文化論の第一人者として長年研究に携わりました。 世界50以上の国と地域を歩き、発酵食品や珍味を尋ね歩いたことから、発酵仮面、鋼鉄の胃袋などの異名でも知られています。 昨年は、長年にわたる発酵研究と、日本の食文化への貢献が評価され、文化庁長官表彰を受賞しました。 現在83歳小泉さんの発酵とともに生きる思いを伺いました。
福島県で生まれて、小さい時から、酒の匂いを嗅いで育ってみたいなものです。 6人兄弟の末っ子です。生まれた時から、発酵食品に囲まれて育ちました。囲炉裏の火傷を防ぐために右手に身欠きニシン、左手に味噌を持たせると泣き止み、それらをしゃぶっている間は大人しかったといいます。 山にはいろんな食べ物がありました。 小さい頃から何ごとにも好奇心持ってました。 動物性たんぱく質は、赤ガエルをよく食べました。 青大将、やまかがし、シマヘビなども食べたことがあります。
私の父は酒屋の長男で戦争で兵隊に徴収されました。 部下と共に中国からベトナムに行きました。 母親に稲の種と大豆の種をベトナムに送るように手紙が来て送ったそうです。 それを現地の人とともに米作りを始め味噌汁も作ったそうです。 昆布の味噌漬けは本当においしかったです。 母は醤油屋の娘で、そこから酒屋に嫁いできました。 文学少女でした。昭和5年生の時に母を亡くしてしまいました。 寂しいだろうと言うことで、父が私専用の台所を作って、そこで自分で料理して作って食べました。
父から教わった事は、日本人になりきれということでした。 毎日ご飯と味噌汁と漬物を食べてきました。 味噌汁と漬物と言う2つの発酵食品がありました。 クジラの肉は安くて本当によく食べました。 日本食を食べてきたので、83歳まで元気でこられたと思います。 東北大学の学部に行きたいと思っていました。 発生生物学と言う学問があって、それをやりたかったです。 しかし、酒屋の統合という国からの命令があり、発酵技師が必要になって東京に行くことになりました。
東京農業大学に入学しました。 大学の1年から酒造りの授業をやることができました。 個人に顕微鏡が与えられ、酵母が発生するのは、全部目で見えるわけです。それから発酵学、醸造学が好きになりました。 その後世界を旅することになりました。 訪れた国は、世界50、 60箇所以上で600種類以上の発酵食品を食べてきました。 その中で1番珍しい食べ物は実は日本なんです。 それはふぐの卵巣のぬか漬けです。 (石川県)ふぐにはテトロドトキシンという青酸カリの約700倍の毒が入ってます。 ふぐをぬかみその中に付けて、長年おいておとくと毒がなくなってしまうわけです。 世界のどこでもこんな猛毒を食べてしまう、発酵してすごいものだと思いました。 日本人と言うのはものすごい好奇心がありました。 江戸時代からこんなことをやっていたと言うのはすごいなぁと思いました。
ボリビアと言う国がありますが、そこの民族は今でも口に穀物を入れて噛んで吐き出して、それで酒を作ってるんです。 口噛みの酒といいますが、日本では既に奈良時代に作ってるんです。 巫女たちが蒸した米を口にいれ踊りながら噛んで容器に吐き貯めて酒を造ってその酒を神にささげたと古事記にちゃんと載ってます。 唾液の中に米のデンプンを分解するアミラーゼと言うデンプン分解酵素があるから、噛んでるうちにデンプンがブドウ糖になってしまいます。 それを吐き出して、口の中に酵母があって、それが酒になっていくわけです。 日本でもペルーでも口噛み酒を作るのは女性です。それは現在調査中です。神様との関係があるのかもしれません。
播磨の国風土記に、神棚にコワメシを供えたら、そのうちカビができて、それをカビ立ちと言ってましたが、語源が変化して麹になりました。 実は麹菌は日本にしかいません。 醸造に使われる麹菌は日本にいません。 701年に大宝律令ができましたが、その中に4種類の醤油を作っていたと言う風に書かれています。 1つは穀物で醤油を作る穀醤、お魚で醤油を作る、それを魚醤、お肉で醤油を作る肉醤、野菜で醤油を作る、それを草醤、 4つに作り分けていました。 日本人の発酵と言うものに関しての考え方。応用は本当にすごいです。 発酵食品が日本の民族を育ててきたといえます。 麹菌がユネスコの無形文化遺産にまでくっついちゃったものですから素晴らしいことです。
漬物だけで日本には1500種類以上あると思います。 タクワン漬けだけで日本には70種類あります。 新潟新潟市西蒲区角田浜地区に行くと、「なまぐさごうこ」というのがあって、江戸時代から作られていて、そこの村から出ませんでした。 イワシを3年ぐらい塩浸けしておくとイワシの醤油ができるわけです。 それをこして、大根をイワシの魚の醤油につけてそれから2年おきます。 浸けた大根を焼いて食べます。 大根だけれどもイワシの味です。
70代で大病を経験しました。 心臓を患って手術をしましたが、その後はピタッと良くなりました。 発酵食品のおかげだと思います。 東京農業大学のほかに全国各地の大学の客員教授をして、発酵食品の素晴らしさ、発酵は人が作るんだと言う事、街づりもできるんだと言うことを話しております。 発酵食品は自分で作れると言う事、それが自信になって食生活が豊かになります。 発酵の輪ができていきます。