五木寛之(作家) ・五木寛之のラジオ千夜一話
30年近く前、五木さんの「大河の一滴」と言う本がベストセラーになりましたが、最近その続編とも言えるべき本を「最終章」と題して綴り話題となっています。 今朝はご自身の最近の健康や生き方について語っていただきます。
「大河の一滴」がもう30年近くになります。 今93歳ですから考えてみると随分昔ですね。 今回は「最終章」と言うタイトルをつけました。 この「最終章」と言う本に対しては読者カードがたくさん来ています。 読んでいて感動しました。 はがき1枚の中にびっしりと感想とか自分の体験を書き込んでいます。 それだけ生きるということがそういう問題に対して、ある種の切迫感というか、何か思い出が深いんじゃないかなぁと思います。
今回は大河の流れに逆らう事があってもいいんじゃないかと言うことが書かれていますが、最初は自分の一生と言うものを大河の流れに例えて、再生の海へ流れていくと言う身を任せるという感じの内容だったと思います。 今度は割り合いそうじゃなくて、生きることに執着するというか、ちょうど書いてた時に体に異変があって放っておこうかなと思ったんですが、やっぱりちゃんと生きようと、人は1日でも2日でも生きようとする、そういうことに執着しなければいけないと言う、そういう気がして、逆らってと言うよりは、安易に身を任せないと言う、そういう時は或るときには逆流し、ときには渦巻いて、迂回していくと言うことがあったとしても、大きな流れで言えば、人間の一生と言うのは、大河の流れのように再生の海へ向けて流れ込んでいくと言う、それは変わらないんですけれども、身をまかせせてしまってと言う様にはいかない、というのがこの本のきっかけです。
「長く生きられなかった人のために生きていく。」(本の中の一文章) 人は何で生きるのかと言う、生きなければならないのか、生きることに執着するから生きるんではあるけれども、今の世界を見ていろんな思いがありますね。 世の中には1日1日を元気に生きようと思いつつも、もそれができない人がたくさんいるじゃないですか。 そういう人たちのことを考えると、ちょっとした病気でもまぁいいかと言うような安易な感じで身をまかせると言うのができないと言う気がして、生きるための努力と言うのはしなければいけないんじゃないかと思って、「大河の流れに逆らって」と言う見出しが出てきたわけです。
生きんと欲しつつ、生きんと切実に望みつつ、それあたわざる人々のために安易に自分の生を放棄してはいけない。 ある程度は生きると言うことにこだわらなければいけないんじゃないかなと思います。 30年前近くに書いた「大河の一滴」とはそこがちょっと違います。 母親は九州の田舎の山村出身ですが、福岡の女子師範学校を出て、教師になって、小学校の教師を長く勤めながら戦後の混乱の中でなくなりました。彼女の夢は今から思うと笑えるような話ですが、一遍でいいから東京にいってみたいとう思いでした。
歳を取るに従って、運命に身を任せると言う気持ちになってくるじゃないかと思うんですが。 歳をとっても生きることに執着しなければと言うふうに今は思ってます。 何のためにではなく、誰かのために生きると言うことが、この歳になって浮かんできました。 人々の果たしざりし夢を自分が背負っているという様な実感がしたものですから。
ロケで訪れたガンジス川に母親の遺髪を流しました。 僕のセンチメンタルな思いです。 たくさんの人が沐浴とか、いろいろやっていて川濁ってるんですね。 上流に行くと青々として美しくてびっくりしました。 母親の葬式は正式にしなかった、出来なかったので、遺髪をお寺に収めようとは思っていました。 「燃える秋」と言う小説、場所がイランです。 古い都を舞台にしたストーリーです。イランはペルシャ語です ペルシャ絨毯に魅せられて尋ねていく女性と、若い商社員の恋人、男性がいて、その男性は手織りの絨毯のデザインをコピーして、機械で大量生産するようなアイディアを持ってきたと言うことがわかって、恋が壊れると言う話です
*「燃える秋」 作詞:五木寛之、作曲:武満徹、編曲:田辺信一、唄:Hi-Fi Set
日本でいうと京都、奈良のような古い都が燃え上がるという、何十年か前のイメージが現実のなるとは夢にも思っていなかったですから。
80代の半ばまではほとんど病院に行きませんでした。 80代後半を過ぎてあちこちが悪くなって、最近ではちょくちょく大学病院に行くようになりました。 2年ほど前に咽頭癌の気配が出て来て、放射線治療によって半年位ですごく良くなりました。 再発の恐れがあると言うことで、何ヶ月にいっぺんぐらいは行くことになります。 左足が変形性膝関節症にもなって、杖をついて歩くようになってきました。 連載とか8本ぐらい抱えてます。 それを毎日こなしながらやっています。
*「鳩のいない村」
ベトナ戦争のことで、平和を願う歌。
ここの所一日も休まず仕事をしています。 文章を書くことが大事ですけれども、生きた人間の会話、人間の本音が出るようなそういう対談を大事にしています。 活字になった対談だけで650位になりました。 全部で1000人ぐらいの人と対談してると思います。 人と本音で語り合うと言う事は大事なことだと思います。