町亞聖(フリーアナウンサー) ・「ヤングケアラーから学んだこと」
町さんは1971年埼玉県生まれ。(54歳) 町さんが高校3年生18歳の時に母親がくも膜下出血で倒れ、脳障害が残って車椅子の生活になりました。 そこから町さんは学校に通いながら、母親の介護をすることになりました。 今でこそヤングケアラと言う言葉がありますけれども、当時はそんな言葉がなく支援制度も少なく、1日1日を乗り切るのが精一杯の日々だったといいます。 その後町さんは日本テレビにアナウンサーとして入社、仕事と介護の両方をしながら働くワーキングケアラーとなって、母親の介護は10年続きました。 2011年にフリーアナウンサーとなってからも、ご自身の経験から医療と介護をテーマに取材、啓発活動をやっていますが、大切なのは「受援力」つまり、支援を受ける力だといいます。 今日は町さんのヤングケアラーとしての体験や、すべてのケアに伝えたいメッセージということで、町さんのお話を伺います。
まだヤングケアラーと言う事はまだ知らない人は、これはどういう意味ですかと知るきっかけになると思ってあえて名刺に入れてみました。 ヤングケアラーに対する認知度はまだまだです。 ヤングケアラーとなったのは、今から30年以上前です。 現在54歳ですが、18歳の時に母が倒れました。 母は最初頭が痛いと言っていました。(始業式の日) その晩に入院して、翌日にくも膜下出血ということがわかりました。 緊急手術が必要になりました。 その日から人生が180度変わりました。
手術の結果、命は助かりました。 右半身麻痺と言語障害ということで車椅子の生活になりました。(母は40歳) 父は何もしない人でした。 父は酒を飲むと、ものを投げたりすることがあって、父とどう向き合っていくかと言う事のほうが大変でした。 父からは今日からお前が母親だと言うふうに言われました。 共働きでしたが、母が働かなくなって医療費に消えていくような状況でした。 介護の仕方もわかりませんし、とにかく私たちができる形で生きてくしかないと言う状況でした。
大事な支援が2つありました。 ソーシャルワーカーの人から教えていただきました。 高額療養制度と母親の障害者認定受けるから障害を持っている人が受けられる医療費助成があるから、市役所に行くように言われました。 何十万円の医療費を払っていたら、我が家は破綻したと思っています。 あと奨学金制度があることを担任の先生から説明してもらいました
弟は高校3年生の時に誰にも相談せずに就職すると言うことを自分で決めました。 数年後、弟に聞いたら、もちろん大学には行きたかったと言ってました。 今でも私に力があったらばと言う思いはあります。 厳しい家庭環境でしたが、諦めるという事は悔しかったと言う感じです。 父もヤングケアラーでした。 父も大学へ行きたかったということだったらしいんですが、5歳の時に父親を亡くして、経済的な理由で諦めたそうです。 そういうことで、私の大学進学に対しては行くように後押ししてくれました。
大学卒業後、日本テレビのアナウンサーになりました。 仕事と介護の両立は選択肢はなく当たり前でした。 妹も弟も当たり前に思っていました。 アナウンサーの仕事は30年前からフレックスでした。 私は夜11時から始まるスポーツ番組の担当でした。 終了が夜中の1時ぐらいなので、夕方8時ぐらいに行けばよかったです。 そういった関係で介護と仕事の両立ができました。
当時は介護していることを大っぴらに言うような文化はありませんでした。 障害者が住みなれた地域で当たり前に暮らせる社会にするための情報発信がしたいと思ってアナウンサーになりました。 日テレのアナウンサーは5年ほどやりました。その後報道局に異動になり、10年記者をやりました。 最後に情報エンターテイメント局の情報番組のアシスタントプロデューサーをやりました。
母の介護は10年です。 母は最後は末期ガンで見つけたときには、手遅れでした。 母のようなおおらかな性格になりたいとはずっと思ってました。 私は性格的には父に似ている。 「受援力」と言う本を出しましたが、これは母が持っていた力です。 母は周りが助けたくなる人でした。
ケアラーに対して伝えたい事は、納得して選択すると言う事は大事なことです。 自分の人生も大事にする。 たった1人しかいない大切な人のために介護を選ぶと言う選択肢もあると思います。 選んだ道の中でできる事は何かと言うことを数えて、できることをやればいいと思います。 介護は必ず終わりが来ます。 なくなると言う形で介護が終わります。 父は母が亡くなった喪失感を埋められなくて、食べなくなって酒だけ飲んで、母のためだけに生きていたので、そうならないためにも、母の分を生きると言う選択肢があったはずです。 乗り切るためには、弱音を吐いて欲しいなぁと思います。助けてもらっていいんです。 恥ずかしいことでもないんですから、この人になら本音を話せると言う人を、今から作っておくと言うことを大事かなと思います。