沢木耕太郎(作家) ・酒場も学校、旅も学校
沢木さんは1947年東京生まれ。 、横浜国立大学経済学部卒業した後、しばらくしてフリーランスとなって1970年『防人のブルース』で作家デビュー。 1979年『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。 1986年から刊行が始まった『深夜特急 』3部作は累計600万部を越える沢木さんの代表作です。 60年代に入ってからは本格的に小説も手掛けて、今年翕初めての時代小説『暦のしずく』が出版されました。 なかなか旅に出ることが出来なかったコロナ禍を経て、70代の後半となった今の心境、ご自身の老いとどう向き合ってゆくのか、人生の旅をどう楽しんでいるのか伺います。
2つの長編が終わって、事務所のいろいろなものを片付け始めたら、疲労が溜まってしまって体調が悪くなってしまって、その後に黒田征太郎さんに会う予定があり、必死な思いで会いに行きました。 黒田征太郎さんは86歳ですが、きっかけは僕が22歳の時に大学卒業して、入社式の日に会社員には向いていないと思って、辞めますと言って辞めてしまいました。 ちょっと考えようと思っている時に大学時代のゼミの指導教官が、文章を書いてみる気がないかとおっしゃったんで、「アルベール・カミュの世界」という卒論を書きましたが、通してもらいました。 その先生が後に神奈川県知事となる長洲一二先生でした。 ルポルタージュだったらかけそうだと言ったのが全ての始まりでした。
ある出版社から若い自衛官の生き甲斐感覚について書いてもらえるか、と言う話がありました。 引き受けることになりました。 答えを出さない人生相談の番組がありました。 僕はディレクターに会いに行きました。 ディレクターから「あんなんだったら俺にもできると思って僕のところに来たんでしょう。」と言われてしまいました。(図星だった。) 「でもそんなに簡単ではないんだよ。」と言われました。 「黒田征太郎さんの30年の人生をちゃんと含んで語っていることで、ただ聞いて対応しているだけと思うかもしれないけれど、そんなに簡単には出来ないんだよ。」と言われて、恥ずかしいことをしたなと思って帰ろうとしたら、黒田さんがきていて、名刺を作るにあたって聞いたら、「まず名前を書いてその横ルポライターと書けばいい。」と言われました。 「ルポライターと書けば誰でもルポライターになれるが、やり続けることが難しいんだよ。」と言われました。 「その名刺、僕に作らせてもらえますか。」と言われました。 500枚美しい名刺でした。 そこから黒田さんとの付き合いが始まりました。
黒田さんは酒が好きで、新宿のゴールデン街に連れて行ってもらいました。 そこで絡まれたりしたらどう対応するのかとか、酒場は僕にとって凄く重要な学校でした。 入学させてもらったのが黒田さんなので恩義があるので、黒田さんから頼まれたら断らないという事を決めていました。 酒場と言う学校は今は機能していないのではないかと思います。 黒田さんはある時にゴールデン街には足を運ばなくなって、銀座に飲みに行くことになり、僕も銀座に行くことになります。 山口瞳さん、吉行淳之介さんなどの立ち居振舞を見て、学びました。
劇団四季に入団したこともありました。 しかし10日で辞めてしまいました。 俳優の方とも知り合いになり、京都の飲み屋で色々い連れて行ってもらいました。 酒の場での人との対応の仕方を22,3歳の僕は遭遇していました。 酒場と言う学校で凄く多くのものを学んできたと思います。
旅も物凄く重要な学校だったと思います。 春にマレーシアに半月ぐらい行きました。 電子カードを一枚持つことで旅は物凄く便利になります。 タクシーを呼ぶのにもアプリがあって5台分ぐらいがパッと出てくるんです。 ドア ツウ ドアで途中の寄り道もない。 駅までいって電車に乗り駅から歩いて目的地に行くというスタイルではなくなる。(僕の旅の街歩き) アプリを使ったやり方だと目的地には行けるが何も起こらない。 過程を含めた目的地が旅なのに、目的地だけ切り離されて感動は薄いですよね。 愕然としました。
小学生のころから貸本屋に行って、段々大人のコーナーの時代劇小説、推理小説などを読むようになりました。 高校生の頃にはその棚の本を全部読みました。 僕の文学的な素養は貸本屋の棚によって成り立っているわけです。 今から10年前ぐらいに、これからは1年ノンフィクションを書いたら、1年小説を書いてと交互に書くと言いました。 スポーツ小説、ギャンブル小説、時代小説、推理小説、恋愛小説を書くといいました。 時代小説『暦のしずく』を書きました。(4個目) 馬場文耕(ぶんこう)についての文献が何も残っていない。 それが僕の自由を保証してくれた。
旅先で何か月間は暮らしたことはあるけれど、1年を越えるような暮らしはないので、旅先で1年ぐらい暮らしたいという思いはあります。