2024年3月24日日曜日

キャロル・サック(デイレクター)    ・ハープの調べで、心によりそう

キャロル・サック(リラ・プレカリアプログラム・デイレクター)    ・ハープの調べで、心によりそう

キャロル・サックさんは祈りの竪琴と言われるアイリッシュハープを奏で、東京山谷の希望の家でのボアランティアなど多くの場所で人の心を癒す活動を長く続けています。 2011年3月の東日本大震災では、家も学校も教材も失った子供たちに希望を持っても貰おうと、「アイ ユー ウィー」という歌を作ってハープの音色に合わせて、子供たちと一緒に歌い励まし続けてきました。

ハープは心に深く届く音色だと思います。  ハープは何千年前から心を癒すために用いられてきました。(最も古いハープの記録は、紀元前4000年のエジプトと紀元前3000年のメソポタミアのものではないかと言われている。) 聖書の旧約聖書にもそういう話がります。    音楽死生学、アメリカではこういった学問があります。 1970年代から始まりました。  患者さんと1対1で向き合ってハープの音色と歌声を通して、貴方は大事ですよ、貴方の存在はとっても大事ですよ、と言葉なしで音楽を通して伝えようとします。 私たちが使っているハープは34弦です。 振動がとっても豊かで、患者さんの身体全体に伝わります。

アメリカ、ミネソタ州で生まれ、父親は牧師さん、母親は聖歌隊の指導をしていた。   人間にはみんな尊厳を持っていることは小さいころから教育されました。  大学では看護学、教育学を勉強しました。 21歳の時に音楽クラブの一員として日本に来ました。   歌が大好きでした。 日本が大好きになり、再度日本にきて嬉しかったです。 九州の高等学校で英語の先生をやりました。(3年間) アメリカに戻って結婚して、3人の子を設けました。 長男が生まれた後に日本に又来ました。 3歳でペダル・ハープに憧れました。 ハープに触ったのは40歳になった時でした。(中型の小さいハープ) 人前での演奏は諦めて、祈りとして病に苦しむ人のそばでハープの音色を届けようかなと思いました。 音楽死生学の学校がありました。50歳の時に2年間勉強しました。  音楽死生学の資格を持っているのは日本では私だけだと思います。 

東京山谷にある「希望の家」というホスピスがあり、毎週火曜日にボランティア活動で行きました。 むしろ自分が希望を与えられる気がします。 アメリカでは音楽死生学は臨床医学の一つとして用いられています。 日本人にも教えませんかという依頼が来ました。 パストラルケアーとしてはどうなのか、考え始まました。 身体的ケアよりも心のケア。  ハープはとってもふさわしい気がします。 2006年から12年間養成講座を行い、全国13都道府県で40名近い人が育っています。  終了した人たちが講師をしています。

患者さんと出会う時に、患者さんの過去は何にも知りません。 その人に何が一番必要かも知りません。 そのために私たちは知らない音楽、なじみのない言葉(スウェーデン語とかいろいろ)を使います。 日本語はほとんど使いません。 大事なことは患者さんの呼吸に合わせて奏で、歌います。 吸う時には筋肉が緊張します。 吐く時にはリラックスします。 リラックスするところに合わせようとしています。 患者さんが中心になります。   息と魂とスピリットの意味が同じです。 息に注意を向ける時はスピリチャリティーの実践ではないかと思います。 反応は眠く成ったり、涙を流したり、天井をぼーっと見て居たりしています。(心の旅をしているのかなあと思います。) 

山谷の患者さんからの手紙。

「最初は半信半疑だった。 2回目の時に今まで思い出したこともなかった父のことを思い出した。 親不孝をしたのかなと身体から感じ出した。 現実から離れてそれは地上の音楽ではなくて、天上の音楽、・・・こんな音楽を聞けたらいいことがあるんじゃないかと思ってしまうね。 楽園の入口にいるような。 こんな気持ちになれるんだって、自分でも驚いた。 俺も捨てた無んじゃないなと思ったよ。 」

「俺も捨てた無んじゃないなと思ったよ。」と言う一行が、私の人生の宝物と思いました。

東日本大震災の時には小、中学校にお邪魔しました。  「アイ ユー ウィー」と言う歌を作りました。  15分間で歌詞も曲も現れ、自分でも吃驚しました。 戦争をしましたが、実は私たちは兄弟です。 貴方は愛を求めている。 大事にされることが必要です。  私も同じです。 だから友達だけではなくて、本当は家族です。 兄弟です。と言った曲です。 

*「アイ ユー ウィー」  作詞、作曲、演奏、歌:キャロル・サック