石原康司(神戸弘陵学園高校 女子硬式野球部監督)・女子硬式野球、日本一に
神戸弘陵学園高校は2024年の秋、企業などのクラブチーム、大学、高校の女子硬式野球部の日本一を決める第20回全日本女子硬式野球選手権大会で初めて優勝しました。 その時の試合の様子、ゼロから始めたチームつくりについて伺います。
レベルの高いチームが来ているのでまさか勝てるとは思わなかった。 3年前には準優勝したので、いつかはこのタイトルは取りたいとは思っていました。 上位28チームが出場出来ることが出来ます。 硬式では全国で女子では70校近く、大学は15,6校、社会人チーム、クラブチームでは凄く増えています。 年々増えていますが、あまり知られていないのが現状で、ワールドカップで優勝7連覇されていても、あまり知られていないです。 女子はソフトボールを主体とする子が多かったです。 本校ではできて11年目ですが、1年目は30校ぐらいでしたが、10年で倍になっています。 3年前に甲子園でやるようになってから、やる子が多くなってきました。
第20回の大会では決勝が巨人軍女子チームとの対戦でした。 巨人の清水選手などは125~130キロ投げるピッチャーなので、高校ではそんな球を投げるピッチャーはいないです。 憧れて試合をやっては駄目だと伝えました。 (大谷選手と一緒です。) 一回戦はクラブチームの埼玉の侍を下して、2回戦は阪神タイガースをタイブレークの末に下し、3回戦も勝ち、決勝が巨人でした。 必ず上がって来るだろうとは思っていました。 結果は7-0と圧勝でした。
7回に1点取れるまでは0-0でシーソーゲームでした。 初回に2ベースヒットを打たれて1アウトサードと言うところでキャッチャーが牽制球を投げてアウトにして、0点に抑えることが出来たのでそれが大きかったです。 清水選手は速いので、目を慣れさせるために、甘い球は必ず打ちなさいと指示しました。 清水さんがアウトの取り方が思うようにいかなくなったよです。 うちの伊藤は緩急で打たせて取るピッチングで0-0で6回までいきました。 ランナー1塁でショートゴロを打ってイレギュラーをして、はじいてしまってランナーは3塁まで行きました。 1,3塁になって迷わずスクイズをやり1点を取りました。 6回裏は0点に抑えて7回でピッチャーが変りました。 打ち崩すことが出来て6点を取ることが出来ました。 7回裏は攻めが淡白になって熱気が伝わって来ませんでした。 チームが一丸となることを大事にしてきました。 守りの野球をしてきました。
大阪体育大学卒業後、1984年に神戸弘陵高に赴任。男子の野球部コーチを務めた後に、93年から監督に就任。 コーチとして3回(夏1回、春2回)、監督としては春2度の甲子園大会出場を果たし、1994年には8強に導いた。 2014年、神戸弘陵学園高等学校が男子校から男女共学となり、創部された女子硬式野球部の監督に就きました。 選手の発掘から始めて、7月頃ではまだ10人いっていませんでした。 全国駆け回って31名集めました。
3,4年目でようやくやれるような状況になりました。 目標は3年で全国優勝でした。 それが実現しました。 厳しく指導したこともあり2年目で故障者が結構出てしまって、女子のコーチにトレーニング、コンディションなど任せるようにしました。 人間形成を一番に考えてやっていました。 人数が多いので野球ノートを使って伝えたり、且つ会話をしたりしました。2016年夏の選手権大会で初優勝することが出来ました。 春の選抜大会も18、19年、23年に優勝しました。 特に2022年の秋のユース大会から翌23年の春夏の全国大会で優勝し、女子高校硬式野球史上初の「年間三冠」を達成しました。
年々女子野球をやる子が増えています。