2026年6月16日火曜日

三輪主彦(大人のための科学塾主宰)     ・「東京にも富士がある」

三輪主彦(大人のための科学塾主宰)     ・「東京にも富士がある」 

71日の富士山の山開きの日が近づいてきました。 富士山に1度は登りたい、でも体力に自信がない、混雑が気になる入山料もかかるなどと諦めている方がいらっしゃるのではないでしょうか。 実は東京都内にも気軽に登れる富士山がいくつかあるといいます。 一体どんな富士山なのか若い頃はヒマラヤのカラコルム山脈の山などに挑戦し、高校の教諭を退職してからは、東京の富士山巡りを続けている三輪主彦さんに案内してもらいます。

都立高校30年ほどやっていました。 毎日走って学校に行ってました。  理科の先生でした。  研修で海外にも行きました。  大学では山岳部にいたので、1986年にヒマラヤのカラコルムに行きました。 6000メーター位のところで引き返さざるを得なくなり、カラチと言う乾燥地域に行きましたが、そこは意外と面白く乾燥地域回るようになりました。  1978年から79年にかけてトルコのアンカラ大学に留学して、火山の研究をしました。 戒厳令で大学には行けなくて、トルコをバスで回りました。 

宮本常一先生の主催している日本観光文化研究所に出入りさせてもらっていました。  旅の文化を研究するところでした。 地球環境問題に触発され、マングローブを植えることに参加して、湾岸、ミャンマー、ベトナム、エクアドルにも行きました。 1979年から地平線会議第1回目の報告があり、その報告会は現在まで続いてます。カナダに旅行に行った時に、走って旅をすることに出会い、その後続けています。東海自然歩道と言うのは1200キロあって、高尾山から箕面まで30数日間かけて行きました。 四国遍路も1200キロありますが、そこも走って行きました。

生徒と接していて科学離れと言うことを感じて、大人に理解してもらいたいと思って、定年前に辞めて大人のための科学塾を開こうと思いました。 最初は、宇宙の話とか、地球のマントルの話をしてましたが、実践が伴わないので化石川巡り(昔は流れていたけれども、現在は流れていない川)をしました。 次に山巡りを考えました。 品川神社のところに結構大きな山があって富士塚と言うとこでした。  東京には実は富士山がたくさんあります。 江戸時代に富士講と言うものがありました。 富士山は女人禁制でした。 ミニ富士を作ろうと言うことになり、高田馬場に初めての富士塚ができました。 

富士講の代表の人が富士山に行った帰りに溶岩を持ってきて、富士塚に貼り付けるわけです。 女子供もその富士塚に登れば富士山に登ったと、同じご利益が得られるということです。 昔からのものは3つしか残っていません。 上野の小野照崎神社にある富士山が重要文化財として残ってます。(下谷坂本富士)  西武線の江古田駅の前ある江古田富士、東長崎駅のそばに長崎富士、あるいは高松富士と言われる富士、 十条富士と言うのはあります。 東京の中では1番縁日のすごいところです。 山開きに合わせてやります。 

現在都内には77ぐらいあります。 明治の時に廃仏毀釈があり、仏教系のものは全部取り壊してしまいました。 富士講を仏教の1派でということで壊されてしまいました。 神道であると言うことで生き延びるために鳥居を立てるわけです。 明大前と言う駅のそばに松原富士と言う富士山があります。 江戸にはかつては800から1000があったと言われてます。 江戸川区には14の富士が残っています。 めぐると10キロメーターあります。

富士講はみんな仲良くしようと言うのが1つ登拝いろいろ考えながら、自分の体を鍛えながら登るというのがあります。 江戸の七富士は公式には残っていません。下谷坂本富士、品川富士、江古田富士、千駄ヶ谷富士、十条富士、音羽富士、長崎富士、重要文化財が3つ入ってます  現在は無いんですが、江戸の広重が描いた名所江戸百景と言う浮世絵のシリーズがあります。 その中に富士が二つ描いてあります、目黒元富士目黒新富士。 中目黒の駅から目黒川を渡って、代官山に出るちょっと前に大きなマンションがあって、その脇に目黒富士跡と書いてあります。そこにあったと思われます。

8月の末に山終いと言うのがあります。 富士吉田の火祭りがあります。 それに合わせて富士塚でも火祭りをするところがあります。 清瀬中里富士があって、火の花祭りというのをやっています。 大きな松明を燃やします。(91日に実施)  みんな仲良くしよう、男女平等、畏敬の念を持って山に登ろうとか、そういう精神は残していかなければいけないと思います。