コージー冨田(ものまね芸人) ・絶望しちゃいけない
コージー冨田さんは1967年愛知県出身。 高校卒業後、地元の自動車工場で勤務したあと上京し、物まね芸人として活動を始めます。 タモリさん、笑福亭鶴瓶さんなどの物まねで人気を博し、様々なバラエティー番組やイベントなどで活躍しています。
12月半ばに芸能生活35周年で2時間の予定でしたが、笑福亭鶴瓶師匠が来てくれて、盛り上げていただいて結局3時間になりました。 1990年に東京に出て来て35年という事になります。 『笑っていいとも!』の夏休み期間に行われた企画「真夏のそっくり当てまショー」でタモリの前でタモリの物真似を披露。(23歳) 豊田市の自動車系の工場で働いていました。 東京でショーパブで毎楽しいものマネが出来る、とそれだけで来ました。
1994年ごろに糖尿病(数値が280)になってしまいました。 症状は何にもないわけです。(喉が渇く程度。) 放置しておいたら、体重が113kgあったのが、どんどん減っていきました。 (80kg) お酒もどんどん飲んでいました。 目が悪くなってきて白内障もあったので一回手術をしたら一瞬見えましたが、すぐ悪くなっていきました。 現在はレジのビニール袋を被っている感じです。 白いなかに人がいると言った感じです。 ステージではリハーサルで確認しているので把握しています。 音には集中力が強くなりました。 目が悪くなった時にはもう終わりだと思いました。 透析もやるし、安楽死ってどうやってやるんだろうかとか、考えました。
看護師さんから、インシュリンを最初に打ったとこはどうでしたかと問われて、「厭だった。」と言ったら、最近はどうですかと言われて「何とも思わない。」と言ったら、「透析も同じです。 これが普通のライフスタイルになります。」と言われました。 「透析している間は映画は見放題です。」とも言われました。 ポジティブに言ってくれて、それが救われました。 受けたり拍手を貰ったりすると、ここが自分の生きている場所だなと言う感じがしました。 去年目が見えなくなってきていることを公表しました。 ステージをやる時に目も悪かったり、腎臓が悪かったり、糖尿病で苦しんでいる人がいっぱいいるわけですが、そんな中で「絶望しちゃあいけないよ。」と講演会みたいなことをやったらどうかと言ってくれた人がいて、「せっかく病気になったのだから、それを使ってなんかできることがあるんじゃない。」と言われてなるほどと思いました。 今はステージに出るだけで嬉しい、有難いです。
若手芸人を育てるためにいろいろと指導をしています。 自分では気付かない可能性をアドバイスしてあげる。(新ネタの作り方など) 若手に言ったことがテレビなどに出て受けると、自分がやったのと同じ感じになるんです。 ショーパブで受けても、外に出ると何もできない自分に気付くんです。 お膳立てが出来ているところと、何にも知らない所で浮かせてやるのは大変なんです。 歌を歌う前のおしゃべりが大事で、なんで歌うのかの理由付けが大事です。
家の中は慣れているので大丈夫です。 そもそも自分を出したいのであれ、物真似芸人になってはいけないですね。 僕は物真似が大好きなので、物真似を追求したいです。 武田鉄矢さんと西田敏行さんは大好きです。 今後、物真似のステージをやらせて頂ければ、それだけで、特に大きな夢という事は無いです。 これがどんなにありがたいことかと言う事が判る様で判らないんですよ。 こんな素晴らしいことがあるんだという事が病気になって判りました。