2026年1月11日日曜日

大嶌徹(玉川大学学術研究所講師)      ・歴史・文化を学べばもっと音楽が楽しくなる

大嶌徹(玉川大学学術研究所講師)      ・歴史・文化を学べばもっと音楽が楽しくなる  ~なつかしの60年代クラシック・ロック~

音楽には私たちの暮らしを豊かにする力があります。  「歴史・文化を学べばもっと音楽が楽しくなる」と題して、音楽をより楽しむためのヒントをお伝えします。 大島さんの専門はポピュラー音楽研究です。 

私は日本の近現代音楽史に関心を持っていたので、大衆、民衆のための音楽の歴史をたどるという事をライフワークにしています。  音楽鑑賞はどういう風に形成されてきたのか、という事を掘り下げて研究しています。  音楽鑑賞の重要なポイントになったのは、レコードの普及があります。  大正から昭和初期にかけて、音楽産業に再編が起きます。 この時に洋楽のレコードが広まっていきます。  大学生層を中心にレコードで音楽を聴いて、音楽評論を読んで音楽鑑賞を趣味にする人たちが沢山あらわれます。  

音楽評論家の先がけとしては野村胡堂と言う人です。 (銭形平次捕物控』の作者として知られる。) レコード会社と音楽評論家との相互関係はこの時期に始まります。  戦後になるとLP(アルバム版)とEP(ドーナツ版 シングル版)が出来上がる。 「レコード芸術」「スイングジャアーナル」はLP版の鑑賞ようのものでクラシックとジャズを真面目に鑑賞したいという人向けの雑誌でした。  戦後にはクラシックだけではなくジャズ、ロック、南米の音楽などにも広がっていきます。インターネットの時代になって、音楽の語り方、場所など、大きく変わりました。 音楽雑誌は大きく影響を受けています。  

私の音楽の原点は1960年代のロックです。 (最近ではクラシックロックとい言われる。) ビートルズなどの音楽に夢中になって行きました。  

*「抱きしめたい」  ビートルズ 1963年発表。

世界的な名声を得る突破口になった曲。  イギリスの若者のバンドブームに火を付けた。  ロックの出発点になった。  アメリカなどの若い女性のアイドルだった。 日本での公演は1966年 日本武道館が会場。  日本でもグループサウンズが沢山出来る。  同時期にフォークが流行る。 ボブ・ディランなど。 フォークソング(民謡)は古い歌だけではなく、公民権運動、ベトナム反戦などの運動とつながって、古い歌を作り替えながら、現代にメッセージを届けて行こうという運動が60年代に凄く盛り上がりを見せます。  

1965,6年にロックとフォークはまじりあってゆく。  フォークソングの集会でわざわざボブ・ディランがエレキギターをもって、ロックバンドを引き連れて演奏を弾き始め、情勢が変わって来る。  政治的な運動とロックが結びついてゆく。 フォークの運動は衰退してゆく。 

*「ミスター・タンブリン・マン」 ボブ・ディランが作詞・作曲 1965年に発表した楽曲。歌:ザ・バーズ  ロックとフォークのミックスした曲

従来のようにメッセージを発して、政治変革を促そうというような運動から、既存の価値観に基づかない生き方をする、ドロップアウト、自分たちで新しいライフスタイルを提示していこうみたいな、動きが出始める。(ヒッピーとか)  

立川市で、「懐かしの60年代クラシックロック」講座を開きました。  参加者は70代が中心でした。  アナログレコードを持って行って鑑賞しました。  雑誌とかが重要な資料になります。  その時代の日本の熱狂的なファンが何でこの音楽をどういう文脈で楽しんでいたのかと言ったことが見えて来て、聞き手だけではなく、レコード会社の戦略とか含めて、総合的に捉えなおしてみたいというのが音楽研究者の関心でもあります。

60年代の後半はクラシックロックの本丸と言えます。  音楽が激変する。  

*「夢のカリフォルニア」 作詞、作曲ジョン・フィリップスミシェル・フィリップス    

音楽を愛し続けるという事は、一つの人間の価値であったり思想であると僕は思っていて、末永く音楽を楽しんでいただくというのが、とても大事な事だと思います。