2024年5月6日月曜日

穂村弘(歌人)             ・〔ほむほむのふむふむ〕

穂村弘(歌人)             ・〔ほむほむのふむふむ〕 

ゲスト:伊舎堂 仁さん 若い歌人で似たタイプが居ない歌人。 

1998年沖縄石垣島の生まれ。 大阪芸術大学文芸学科卒業後現在は東京在住。  これまでに歌集を2冊2014年に第一歌集「トントングラム」、2022年「感電しかけた話」を出版。

穂村: 最初は新聞の短歌欄で見ました。 

伊舎堂:この名前はほとんど顔見知りで一族です。 

穂村:作品も凄くインパクトがあります。

*「伊舎堂に合わせたい人が居ないんだ是非合わないでみてくれないか」  伊舎堂 仁

決まり文句は社会にはあるが、それが裏返されている。 たまらなく奇妙です。

伊舎堂:僕は空気中にこの言葉が見えるんですが。 

穂村:切実な感じがあって、冗談のように見えるがヒリヒリした感じがあって、こんな歌もあります。

*「本部長のイメトレ中のスイングのゴルフボールの飛び先に俺」      伊舎堂 仁

ゴルフのスイングのイメージトレーニングをしていて、どこか透明人間ぽい、存在を無視され切っている。 本部長の眼中に無い。 笑えるが、でも切実。

穂村:こういう歌ばかりではなく、

「雪見だいふく作り方で検索しているような子が好きである」         伊舎堂 仁

愛の歌ではあるが、凄く距離のある愛の歌。

伊舎堂:この歌は俵万智さんも好きです。 俵さんが新聞に短歌コーナーを持っていて、送ると図書カードを貰えるんです。 送り続けていました。(12年前石垣島で)

穂村:5、7、5、7、7は1000年以上変わらなくても、そのなかで微妙に揺れ動いている。 正岡子規の時代とか、われわれの時代も俵万智さん、東直子さん、林あまりさんなどは演劇をやっていた人たちです。 演劇のセリフとかが、文語から話し言葉に変わる短歌とシンクロして演劇をやっていた人たちが短歌にオーバーラップしてやって来るんです。  伊舎堂さん達の世代にはお笑い、大喜利とか言うのがあり、伊舎堂さんにはどこかそういったベースにありつつ、なんか短歌にはまった印象です。

伊舎堂:みんないとおしいということを感じます。

「雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁」   斉藤斎藤

これはショックの最初の一首で、私に起きたことを順番に書いてゆくと、面白くなるみたいな、その人が生きてみたものを書き方によっては、宝石みたいに出来るみたいな、そう感じた最初の一首です。

「つま先を上げてメールをしていたらかかとで立っていたと言われる」  土岐友浩

斉藤さんとは違うジャンルで、面白いことを言っていなくてもいい、優しく受け止められる。 

「超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日曇り」          穂村弘

高校生の時に読んだ一首です。 大喜利的な奇妙な発想。

穂村:よく考えると、この短歌は曇りしかないんですね。 虹とか言ったらとんでもないし、嵐でも雨でもないし、曇り。

「ラジオ体操の帰りにけんかしてけんかし終えてまだ8時半」       伊舎堂 仁

 とてつもない子供感みたいなもの、未来がある感じ。 

伊舎堂:僕らの世代は漫画でもセリフがめちゃくちゃ多くて、言い合いも長セリフで、それを覚えた子供たちがけんかをするから長くなるんです。 ほとんど口喧嘩のやりあいです。

穂村:無駄な感じ、無駄が輝くには時間がいりますね。 時間がたっぷりあった時だけに許される無駄な感じ。 大人は駄目ですね。 物凄く無駄なことをやっている若い人を見るとまぶしい感じがします。

「海だけのページが卒業アルバムにあってそれからとじていません」    伊舎堂 仁

人が写っていなくてこれも一種の無駄ですよね。 余白の輝きみたいな感じ。 心のページをとじていない。

「ぼくたちを徴兵しても意味ないよ豆乳鍋とか食べてるからね」      伊舎堂 仁

徴兵反対に、特殊な角度から表現した歌ですね。 豆乳鍋の出現にはかなり資本主義が高度化しないとここまで行きつかない。 

伊舎堂:

*「次の瞬間教室に一匹の或る動物が入って来ます」           穂村弘

好きな一首です。 穂村さんぽくないところが納得するし不思議でもあります。 

*印はかな、漢字など違っている可能性があります。