五條良知(金峯山修験本宗管長) 山で祈る、里で祈る、ともに祈る
吉野山から大峰山にかけての一帯は金峯山と呼ばれ、古く飛鳥時代から聖なる地として崇められてきました。 世界遺産の本堂蔵王堂を中心に伽藍が広がる金峰山寺は、山岳修行を実践することで悟りを得る修験道の総本山です。 7世紀後半、遠役行者と呼ばれる役小角(えんのおづぬ)と言う人物が、金峯山で修業に励み、修験道を開きました。 自らも厳しい修行の数々を乗り越えてきた五條さんは、今世界中の人が今同じ時刻に心をを1つにして共に祈ることができれば、みんなの幸せへの大きな力になると考えています。五條さんに祈ることの意味を伺いました。
京都の綾部市で生まれました。昔は沢山の山伏がいました。 父親は若い頃から国鉄に職員として勤めていました。 近所に山伏の道場があり、お手伝いをしていたそうです。 その住職が亡くなって父親が後を継ぐことになりました。 私はそこで生まれ育ちました。 私は体の大変弱い子でした。 人生のことを考えるようになったのは、高校3年生の時に身近な人が亡くなったことでした。 電話が来たので、急いでその家に行きましたが、苦しいと言って私の腕の手の中で力が抜けてそこで亡くなってしまいました。父親と兄と3人でお葬式を営みました。
兄の方から東京の仏教の大学へ行くように勧められました。 2年、生3年生のときにはお寺に入れていただいて、そこで勤めて大学に行っていました。 仏教に関する学問は教えてもらいましたが、私たちが手を合わせる仏さんと言うのは教えていただけないんです。 現場の人としての宗教、信仰とかそういうものはないなぁと強く感じました。 それがお坊さんになる原点となりました。 修験道と言うのは、私たちは世の中で修行することによって、自分の罪、汚れ、煩悩など払い落としていく、大いなる山、大自然を神様、仏様が住まうところ、聖地です。 自然の中で、神仏に包まれて、修行して山から出てくる、これが修験道の修行の仕方です。 仏教で言う悟りです。
役小角は1300年前に金剛蔵王大権現様を命がけで修業して祈りました。 三上ケ岳で一千日の修行したと言われています。 悪い悪い世の中で生きる人々までも救って欲しいということで祈られたそうです。 1000日目にお釈迦様、千手千眼観世菩薩様、弥勒菩薩様が約行者に現れます。 そのような優しい姿では、私のような悪い奴は言うことを聞かないので、もっと怖い方が欲しいと思われたようで、三上ケ岳の1番高い所に岩倉があり、お釈迦様、千手千眼観世菩薩様、弥勒菩薩様が姿を変えて蔵王権現が現れた。蔵王権現とはお釈迦様、千手千眼観世菩薩様、弥勒菩薩様の3体の仏が、悪を懲らしめる、怒りの表情で現れた姿と言われています。
私の蔵王堂には3体待ちであって、中央にお釈迦様の仮の姿、右に千手千眼観世菩薩様の仮の姿になっていて、左が弥勒菩薩様の仮の姿になっている。 真ん中のお釈迦様が過去、右側の千手千眼観世菩薩様が現在、左側の弥勒様が未来。 過去、現在、未来を救ってやろうと言う請願のもとにお姿を示していただいています。 守ってあげる救ってあげると言うのも、現実に動いていくと言うのは私たちです。今をしっかり生きて、過去のこと、今のこと、未来のことを蔵王権現に預けつつ、自分のことをやらなければいけないことを頑張っていく。
修験道の大事な修行の1つが大峰奥駈修行です。 山から山へおよそ170キロの道のりを 7日間かけて祈り歩く業で、毎年全国から修験者が集まります。 五條さんはこれまでに33回行いました。 当時60人ぐらいの人と一緒に歩くわけですけれども、自分のペースで歩けないし、人間関係などいろいろあり最初は嫌でした。 そのうち助けたり助けられたりして、皆さん揃ってお経もあげるし、厳しい中にも神仏に守られていると言う実感ができます。
自分の命を生かされていると言うことも実感できるようになります。 達成感もありました。 一歩踏み外すと命を落とすようなところはいくつもありました。 ですので、自分と人のことを意識しないといけません。 自分だけの業であるけれども、自分だけの業ではない。 皆がいるから私も生かされている。そういったことが判ってきます。 山に入って肉離れをしたことがありました。 あるところで無理だと思って任せると言いましたら、大丈夫と言われました。 テーピングして歩いているうちに両方の足が紫色になってむくんだようになりました。 那智勝浦まで行って、お風呂に入って、吉野に帰るときにはその足は引いてきました。
自分だけの願いとか、願望とか、そういったものではなくて、自分が歩くことによって自分が良くなっていければ周りの方も良くなっていく位の大きな思いがあるんだろうと思います。 自分の生活とかをお山に入ることによって、生まれ変わるというか生きてることを気づかせていただいてくる、リセットしてくる。 それで1年頑張れる、自分の全てをさらけ出してねこそ、初めてできる修行が大峯奥駈修行かもわかりません。
大峯百日回峰行、金峯山寺蔵王堂から大峯山寺に至る険しい山道を1人で100日間往復する過酷な行です。 片道24キロあります。 これを100日間歩き続けると言う修行です。 奥駈修行は我を捨て一緒に修行しますが、回峰行の場合は1人ですから不思議と我も出てきます、雑念が出てきます。 昔のことを思い出しては笑ったり、嘆いたり、怒ったりします。 それにさいなまれます。 そのうち60日、70日すると気がつくと、知らぬ間に何も変えなくなります。 大自然、水の音、風の音聞いていたりするとすべてのことを受け入れ自分自身のことを受け入れて歩いてくやっぱり自分だけでは生きてないなぁと言うことがわかります。 下を見ると、昨日新しい木の芽、命があちこち目が行くようになります。 命を感じます。 命が生かされていると言う事は自分だけではない。だから、人のことをもっと祈っていきたいし、国のこと、外地のこと、自然のこと、人々のこと祈っていきたい。
山で祈ると言う事は、神仏に包まれながら、自分は修行させてもらうとするならば、そこで1番神仏とつながるんです。ですからそれを大事に大事にしていかなくてはいけない。 参加してくれる人には山の行よりも里の行といいます。 普段のことが里の行です。 祈ることを忘れてしまった人は多いと思います。 日常の中でちょっと時間を作って祈る、お天道様に今日も1日よろしくお願いします、夕日を見ては先人たちは「南無阿弥陀仏」と祈ってきたと思います。 そういったことに感謝をしながら生きていける、それは祈りの根本だと思います。 山で神仏にまみえたその事は里で生活することで、自分だけではなしに、周りの人にも知らない人にまで、仏様に守られた功徳が届くほどに修行しなさいのというのが、山の修行の何よりも究極の姿だと思います。 里が日常とするならば、山が非日常となります。
様々な修行の先にたどり着いたのが、共に祈ると言う思いでした。 私が始めましたのは平成28年から3年間8000枚護摩焚きさせていただきました。24時間で8000枚の護摩木を炊き上げる行です。 その時には口に水も何も入れなく24時間行います。 フッとみんなで祈ろうと言うことを思いつきました。 場所はどこでもいいんですが、一緒に祈る時間を一緒にしてほしいというのが始まりです。 それをFacebookで中継しました。 すごい反響がありました。 宗教宗派を超えてそれぞれの方法で祈りましょうと言うことです。 祈りのつながりができていきます。
自分だけの祈りと言うのは独善的です。 祈りは願望であって欲望でしかない。 もっと自分をさらけ出す中でみんな良くなれと言う風な心を持っていただきたい。人のことを祈る自分はずいぶん強くなれると思います。 そこにはよくもなければ何もない、仏様の慈悲の心が自分の心中にあるほど、こんな強い事はないです。
1日のうちに1分でも2分でも人のことを良くなってほしいと祈れる自分がいたら、その時は良い自分になると思います。 そんなことが続けば自分の納得の祈りがあるので、祈りを思い出してほしいし続けられたらありがたいなと思います。 祈りを普通にる人の方がおおらかで幸せじゃないかと違いますか。 自分で幸せだと思う人が増えるほど良いように思います。 祈りを忘れたときには、自分勝手な方向にしか行かないと言うふうに私は思います。 命と言うものは自分だけのものではないので大事にしていく。 その真ん中には祈りがあってこそ、それに気づくし、祈りがあってこそその命が生きていくと言うふうに思います。