2026年5月5日火曜日

久保田雅人(わくわくさん)(タレント・声優)・「工作に失敗はなし!~いくつになっても自由研究」

久保田雅人(わくわくさん)(タレント・声優)・「工作に失敗はなし!~いくつになっても自由研究」

 久保田さんは1990年から20 13年までEテレで放送されていた子供向け工作番組「作って遊ぶ」にわくわくさんとして出演しました。 番組が終了してからも全国各地で親子向け工作教室を開催、現在も工作の伝道師として活動を行っています。生涯わくわくさんを全うしたいと語る久保田さんは、工作の楽しさや、今後の夢など伺いました。

今年65歳になります。 大学4年の時に読んだ雑誌に劇団の募集というのがありました。 田中真弓さんが副座長と言う立場でした。 田中さんはNHKの番組などに出演していました。 のっぽさんの番組の「できるかな」と言う番組が終わることになりました。 新しい工作番組を作りたいということで、若い男の出演者を探してると言うことでした。 田中さんが私を推薦してオーディションを受けて受かってしまいました。 平成元年に「ワクワクおじさん」と言うタイトルでした。(27歳) 同じ年の年末からもう1本放送が始まってそこから「ワクワクさん」」になりました。

19904月からレギュラー放送になりました。 後で聞いた話では、オーディションを受けたのは私1人でした。 子供たちの前で話をしながらやることを勉強しました。 初期の頃の子供たちの反応は全然だめでした。  どうやって見てもらえるようにするかと言う研究がものすごく大変でした。 ノッポさんと言う方が、初めて工作番組を作ってくれた方です。 ノッポさんの最後の番組に私も参加しました。ワクワクさんと言う人物を自分で構築していこうと思いました。 「つくってあそぼ」が3年経過したときに、俳優、声優の仕事を全て止めて、ワクワクさんの活動を1本に絞りました。

結婚して子供ができたので、1本にかけてみようと思いました。 収入面では減りました。  家で自然な形で子供に喋るようになったので、それが良かったのかもしれません。  家でもいろいろ稽古しました。 子供も実験台にしました。子供の気持ちを引き寄せるには、子供たちとどこかの部分で同じレベルに下げる、目線を合わせるということです。 話し方反応の仕方、ある程度落とすことによってこちらを向いてくれます。 もともとは社会科の先生になるつもりでいました。 父親は手先が器用でした。 家にはノコギリ、ノミなどは20種類以上ありました。(趣味)

私はプラモデルなども、キットにないものを、自分で作って加えると言う事をやりました。 それがワクワクさんの番組で生かされるるとは思ってもいませんでした。 ワクワクさん歴36年になります。 ワクワクさんの設定が20代後半なので、演壇に立ったときに、ジジ臭さを出さないようにしようと言うことを考えないといけないと思ってやっています。 

子供たちがワクワクするものを作ってくれる人という意味で、ワクワクさんということです。 工作と言うものが、どのような時代になっても、子供たちの心を惹きつけると言うものは絶対あります。  そのヒントを提示すると言うのが、私の活動です。 だんだん材料を揃えるものと、家庭に道具がなくなってきているので、できるだけおうちにあるようなものを考えながら、大人の方が入手しやすいものを中心に考えてます。  生涯現役でいたいです。