2025年11月29日土曜日

谷口浩美(元マラソンランナー)       ・走り続けた人生から皆さんに伝えたいこと

谷口浩美(元マラソンランナー)       ・走り続けた人生から皆さんに伝えたいこと

 谷口浩美さんは宮崎県日南市出身、1991年に東京で開催された陸上世界選手権では日本陸上界初の金メダルを獲得しました。 その翌年1992年のバルセロナオリンピックの一言「こけちゃいました。」は広く知られています。  厳しいマラソン練習を乗り越えたメンタルやオリンピックの裏話など伺いました。 

宮崎県立小林高等学校へ進学、高校2年3年3年時には全国高校駅伝で2連覇を達成、日本体育大学体育学部体育学科に進学、3年連続で山下りの6区を走って区間賞を獲得、4年目には自身の持つ区間記録を更新し、総合優勝を達成。 卒業後、旭化成陸上競技部に入ってマラソンランナーとして活躍、1991年に東京で開催された陸上世界選手権では日本陸上界初の金メダルを獲得しました。 1992年のバルセロナオリンピックの一言「こけちゃいました。」は広く知られています。 その後は指導者として活躍、現在はマラソンのゲストランナー、講演活動などを行っています。

小さいころから足は速かったです。 中学校から陸上をスタートしました。 宮崎県立小林高等学校へ進学、寮生活になり20人ぐらいの共同生活で全て自分でやらなければいけなくて、生活スタイルが大きく変わりました。  先生になることが夢だったので、そのために小林高校に行き、日本体育大学へ進学しました。 箱根駅伝は第60回からテレビ放送が始まりました。 残念ですが僕は第59回大会の時が終わりでした。  高校駅伝でも2年、3年でも優勝していますが、29回目が3年生で、第30回大会からNHK放送が始まったんです。  テレビに映ることが如何に凄いかという事です。  大学陸上を最後に競技選手を辞めるつもりだったが、教員採用試験で不合格となる。(国体の開催の関係で教員採用されてすでに一杯だった。) 再受験準備のため地元の旭化成に2年間だけ在籍という約束で入社することになりました。

25歳になって教員の道が閉ざされて、宗選手もいてオリンピックを目指す道に進みました。 朝6時ぐらいから12から16km走って会社に出勤します。 4時から6時ぐらいまで練習をします。  エネルギーの元の食を考え、運動するなかで絶対故障しない身体を作ることを考えました。  走っている時には勝つことを考えますが、ずーっと考え続けたら自滅します。頭を使うとエネルギーを結構使うので、エネルギーを如何に使わないように走るかなんです。  走りながらどういう風にエネルギーを温存するかという走り方を覚えない限りは勝てない。  細かなことが全部レースに出て来ます。 

1991年に東京で開催された陸上世界選手権では日本陸上界初の金メダルを獲得しましたが、1988年のソウルオリンピックに出られると思っていましたが、大失敗をして出られませんでした。 1992年のバルセロナオリンピックの3か月前から練習を始めましたが,1か月して右足の人差し指を疲労骨折してい仕舞いました。  1か月前まで極秘入院していました。(バレなかったので参加で出来ました。)  20km地点過ぎて左足をあげるときに外国人選手に踏まれて、転んで、靴が脱げて飛んでいきました。(どこに飛んでゆくのか見てていました。) 直ぐに靴のところに戻りました。  30秒のロスタイムとなる。  一気に追いつこうか、ずるずる追いつこうかを考えて、30km地点でダウンヒルで先頭が見えました。 15番に位置にいて10位に入れば入賞だと思いました。  35km地点では12番でした。  8位に入らないと入賞ではないと気が付いて、何とか4人抜いて8位に入れました。8番にしかなれなかったので、言い訳のコメントとして「途中で、こけちゃいました。」といいました。  銀メダルが森下広一さん(旭化成)4位が中山竹通さん 8位が私でした。   

38歳まで現役で宮崎に戻って来ました。  生活のなかで動くという事が基本です。 いまは全く走っていません。 家の階段は4つんばいになってわざと動かしながら登ります。 こんなことをしていても昨年の1月13日に脳梗塞で倒れました。 ゴミを片付けようと思って、左手でゴミを拾おうかと思ったら、左手の先がなんかおかしいんです。  これは脳梗塞だと自己判断して、「脳梗塞だと思うので救急車を呼んでください。」と言って、救急車を呼んでもらいました。(息子がまっすぐ歩いていないとか、タオルを落として何回も拾っているよよ言いました。)  日常生活の自分をちゃんと見ているか見ていないかという事は大事です。   ちょっと違うという感覚は自分でしかわからない。  

いろんな機会があれば、話を聞いていただく方が多くいらっしゃればそこに行って、いろんな話が出来たらいいなあと思います。 そのためには健康が大事です。