塩尻かおり(龍谷大学教授) ・〔人ありて、街は生きアンコール〕 香りでコミュニケーション 植物のしたたかな戦略
植物は動物と違って動くことが出来ません。 仲間に鳴き声で何かを伝えることもできません。 しかし、植物は別の方法でほかの植物や昆虫とのコミュニケーションをとっているといいます。使っているのは香り、匂いです。 それはどういうことなのか、何が目的なのか、植物の香りによるコミュニケーションの研究で注目されている塩尻かおりさんに、植物のしたたかな戦略と将来の大きな夢をお聞きしました。
分野的には植物生態学、科学生態学と呼ばれる分野だと思います。 もともと動物の行動とか植物の仕組みに興味がありました。 そういった系統のテレビ番組を良く観ていました。 植物が動けないのに花粉を運んで、どうやって種を飛ばすかとか、という時に昆虫がかかわって来ますが、昆虫を自分が動かすことに使っているという事は凄いと思っていて、そういう研究をしたいと思いました。 大学は北大に行ったんですが、香りに出会ったのは京都大学大学院に行って、高林純示先生が植物が虫に食われると、そこから匂いだ出てその匂いが葉っぱを食うダニの天敵チリカブリダニを誘引して、ハダニをやっつけてくれるという、植物と植物を食べる虫と、その虫を食べる虫という、「三者系」の研究をされている先生がいて、面白いと思って「三者系」の研究に入りました。
植物のかおりのコミュニケーションの研究に関する論文は1983年が最初でした。 私が始めたのは1997年です。 特別な匂いを出す方が生き残ってきたと思います。 匂いは空中に漂っている揮発性物質です。 鼻に吸着して鼻の受容体が反応して、匂いを感じます。 匂いは食べられた傷口から出るものとか、食べられた刺激を受けて植物全体から出てくるものもあります。 そこがどこで受容されているかという事に研究、興味が持たれているところです。 植物は自分を守るために、薔薇のような棘だったり、草食動物に食べられないための棘です。 葉に産毛みたいなものがあると虫が産卵しにくい。 産毛のところに触ると匂いが出るようなものもあります。 タンポポの様にネバネバしたものが出ますが、昆虫が食べる口をふさいでしまうというような作用もあります。
イネ科の植物は軟毛(トライコーム)が一定方向に向いている。 虫が来た時には生長点(イネ科では根元)に向かわないようにするため、という仮説を立てて実験をしました。 ミントは虫を寄せ付けないような匂いだといわれています。
香りを使った防衛は、ずーっと出す匂いではなく、食べられた時に初めて出る匂いで、誘導防衛という風に言います。 切ったところから青臭いにおいがしますが、傷口からばい菌が入ってこないための効果もあります。 1時間後ぐらいですが、食べている虫を食べる虫を誘引する匂いを生産され始めます。(誘導的関節防衛)
キャベツにはモンシロチョウの幼虫(青虫)がついてます。 キャベツが食われると匂いが出てきます。 その香りはモンシロチョウの天敵のアオムシサムライコマユバチを誘引します。 モンシロチョウの幼虫(青虫)に産卵して、大きくなったら皮を破って繭になり、幼虫は死んでしまう。(寄生バチ) 他にも似たような寄生バチ(コナガサムライコマユバチ)がいます。 モンシロチョウの幼虫(青虫)に食べられ時とコナガに食べられた時では違う匂いを出します。 それぞれの匂い成分は分析できています。 農薬を使わずに匂いを使って天敵を誘引して、幼虫をやっつけることに生かせる。 高林純示先生が10年以上前からプロジェクトを立ち上げて、企業とかと一緒に研究してきて、コナガサムライコマユバチを誘引する匂いを実験して、コナガの密度が減るという事は分かっています。 ただ高価なので止まってしまっています。
植物同士のコミュニケーション、匂いを発すると周辺の植物も受容できます。 そろそろ自分のところにも害虫が来るという事で、前もって防衛反応を始めます。(食べられにくくなる。 誘導防衛反応) 同じ植物同士だったが、違う食物同士でも誘導防衛反応があることをアメリカで報告された例もあります。 私がやっているセイタカアワダチソウの匂いを嗅いだ大豆は虫に食べられにくくなる、というのは明らかになっています。 収穫量も多くなってきます。 ただブラインドテストでは匂いを嗅いでいなかった方に軍配が上がりました。 ちょっと、苦味、渋みが増えている感じがしました。 ただ分析して見るとサポニン、イソフラボン(人間にとって有用成分と言われている。)が増えていることが判りました。 サプリメントとして利用できると思います。
野外の匂い分析をしてみると、同じ種にもかかわらず匂いが違うという事がわかって来ました。 セイジブラシという植物の遺伝子を調べて観ると、遺伝子が似ているほど匂いが似ていることが判りました。(血縁関係が似ているほど匂いも似ている。) 似ている遺伝子間ほど防衛反応が強く働く。 匂いを嗅ぐタイミングも重要そうで、私の実験では初期段階で10日ぐらい匂いを嗅ぐだけで、収穫、味までで変るという事が判っていますが、どの段階でどのぐらいの期間匂いを嗅ぐのがいいのか、はわからない。
夢は発展途上国では農薬自体が高くて買えないので、植物の匂いを使って収穫量があげられることができるのではないかなあと考えています。 最終的には発展途上国で実験したいと思っています。 ケニアでイギリス人のグループがプッシュプル法と言って、トウモロコシの畝のところに、害虫が嫌う匂いを自然に出している植物を植えることで、害虫を遠ざかるようにして、畑の周りには害虫を引き寄せ、害虫の天敵を誘引するような植物でを植えることで、害虫をやっつけると言うプッシュプル法でケニアでうまくいって、アフリカの方で広がってきています。
植物は地下でもネットワークがあり情報交換しているというのが判ってきています。 菌根菌は植物にリンを与えている。 植物は光合成した炭素を菌根菌の与えている。 菌根菌が隣の個体にもつながっているという事が明らかになっている。 たくさん炭素が放出されると隣の個体にまで菌根菌が炭素を与えてしまう。 そういったコミュニケーションもあります。 想像ですが、もっと細かい情報交換をしているのではないかと思っています。 赤松と松茸は根っこで菌根菌で繋がっている。 松が害虫にやられていると菌根菌がその情報をもとに、松茸の胞子を一杯ださせるとか、あるのかもしれない。 匂いを使った農業が出来ればいいと思っています。