2021年5月26日水曜日

高木絢子(園芸研究家)         ・【心に花を咲かせて】バラに夢中でいつしか半世紀

 高木絢子(園芸研究家)      ・【心に花を咲かせて】バラに夢中でいつしか半世紀

バラの世界でマダム高木として知られていて、たくさんのバラの本を出しています。 87歳、庭にはゴールドローズ、モダンローズ、蔓バラなどたくさんのバラを育てています。  バラの魅力や高木さんがなぜバラに夢中になったのか、バラ栽培半世紀を経て今何を思っているかなど伺いました。 

庭には約200種類のバラがありましたが、だんだん減ってきて100種類ぐらいかと思います。 バラの栽培には体力が必要でだんだん減ってきました。   お気に入りのバラは年々変わってしまいます。   感動した瞬間がたびたび来た花に関心がいきます。   なぜかいろいろ変わってしまいます。  時間、温度、湿度、木の立ち具合によっても花は違います。  一輪ずつ全部違います。  色も変化して行きます。   オレンジ色のマダムシェルルソバーはフランスの有名な育種家シェルル・マルランという方がいい花をたくさん作りました。 この花は直径10cm以上あります。   隣りは生き生きした鮮やかな赤いバラ。 葉っぱも形も色もいろいろ違います。  薄いピンクの小さな花がたくさんついている、これはオールドローズでブラッシュブールソールです。   バラの種類はわかりません、多分何万とあるかと思います。

肌色に近いようなバラ、アンブリッジローズ これはイングリッシュローズで割と新しい花です。(1990年)  黒バラと呼んでいますが、深いワインカラー。  青いバラはないです。  バラは肥料好きです。  芽出し肥、花が終わったらお礼肥もあげますし、水も欠かさずあげます。 気温、湿度などによって水のあげ方も変えます。 木の大きさによっても変えます。

今年は咲くのが早めでした。  ちょっと色も違って濃かったり薄かったり咲いています。

咲き終わったら芽の先をつんだり、春と秋には剪定をします。 何にもやらなくてもいい日はないです。  その分大きな感動を与えてくれます。 言葉にならないが花と会話をしています。  

何時バラが好きになったのかわかりません。  いろいろきっかけがあって少しずつ少しずつ好きになっていったような気がします。  父が植えたバラを、父が亡くなって世話をするようになったのが、世話をする最初でたくさん咲きました、50年前ぐらいになります。  ピースという蔓バラでした。   その後いろいろ栽培を教えていただいて、俄然やる気になりました。  当時は鈴木 省三 (すずき せいぞう)先生の本と柳さんの本と2冊しかなくて、両方見ながら作っていた覚えがあります。  バラを売っているようなところもありませんでした。  洋書にはバラの本がいろいろあったので苦労しながら読みました。  育種家の特徴、国の特徴もあり、時代によってもいろいろあり、バラも最初は野生種から始まったというようなこともそういった本から教えられました。  バラの系統も外国にはしっかりありました。

野生種は紀元前2000年前ぐらいからいくつかあったようです。  単片で5枚の花弁でしたが、花びらが増えて行って、花も大きくなっていきました。  人間が自分で植えるようになって人工交配が始まります。   時代によって変わっていって、美しさを求めるその美しさが変わっていっているということを感じます。  

大きな花を一輪咲かせるものをコンテストにもっていったりしていましたが、房咲きも出していいようになってきて、ミニバラもできてきましたが、大きく変わったのはイングリッシュローズが出てきたことです。  イングリッシュローズを作ったデヴィッド・オースティン は50年をかけてオールドローズの形をした、四季に咲く花を研究した。

オールドローズは春にしか咲かないバラです。  四季に咲く花が作られるようになりました。 (春、秋 国によっては一年中咲いている)  四季咲きは中国にあり、突然変異でできたもので、それを大事にしてそれを親に使って、今の四季に咲く花が作られた。

1年がかりで計画を立ててイギリスにバラを観に行きました。(34,5年前)  人々のバラに寄せる思いが違いましたし、風景も違いました。   その後毎年イギリスにはいきました。  

育てる方の思いが今日までつながって、今あるバラに繋がっているわけです。  その花が咲きたいように咲かせたいと思っています。  もっと美しい時があるのではないかと探すが、向こうからは来ない、こっちから見ようとしないと見えない。  もっと知らなければと思っています。  バラからは一杯感動をもらっています。