長倉洋海(写真家) ・国境も時も超えて思胃をつなぐ
1952年(昭和27年)北海道釧路市生まれ。 現在68歳。 大学卒業後時事通信社入社、その後退社して27歳でフリーの写真家となる。 世界の紛争地を精力的に取材し、写真を発表してきました。 戦争の表面ではなくそこに生きる人の人間の姿を捉えようとする姿勢でアフガニスタンの抵抗運動の指導者マスードや、エルサルバドルの難民キャンプの少女ヘスースを長期間にわたって撮影、土門拳賞を初め数々の賞を受賞しています。 世界の国々を訪れ紛争地であっても、なぜ人は強く生き、笑顔が生まれるのかと問い続けてきた長倉さんに伺いました。
去年の2月まではハイチに行きました。 以来戻ってからはコロナの影響でどこへも出ていません。 意外とのんびり過ごしました。 撮った写真を見なおす機会を得ました。
アフガニスタンの抵抗運動の指導者マスードとは17年間にわたって一緒に暮らして取材をしましたが、マスードが亡くなってから20年が過ぎました。 アフガニスタンの若者もマスードのことを知らない人が多くなってきて、伝えたいという事で 写真集ができないかという事で、ほとんど出来上がってきました。 現地語と英語で日本語は入っていません。
27歳でフリーの写真家となって、勇気さえあれば絶対世界を揺るがすようないい写真が撮れる、命さえかければ絶対撮れると思っていました。 僕は人を感動させるようないい写真を撮りたいという強い思いがありました。 大学に入って探検部に入って、南太平洋、アフガニスタンとかへ行くようになって、写真を撮っていました。 それがきっかけかなあと思います。 戦争は家が焼かれ学校へも行けなくなって仕事もできなくなっていいものなんて何もないが、何故行ったかというと自分を賭けるものを見つけたかった。 何を伝えたいかというのは実は行く前にはわからないんです。 そこで感じたものをどう伝えるかという事が大事だと思います。 自分の至らなさも感じました。 戦争の渦中にいるそこの一人一人を伝えることで、今の地球とか世界が僕の中ですこしづつ見えてくる。 僕の中で出会いというものがあって、それが僕の生きる一つの道しるべ、道灯りになってきたのかなあと思います。
残酷に殺された死体があったりすると、自分が求めていた写真であると思う一方で、本当にこれを求めていたのかというか、ものというような見方になってくる。 死体を見ても涙は出なかったのに、死体に取りすがって泣いている家族を見たときにはじめて涙が出てきました。 生きている人間こそ撮るべきだと思いました。 彼らは一瞬一瞬を生きることを僕らよりも大切にしています。 それこそを写真に撮りたいと思いました。
僕の家は店をやっていて子供のころから手伝わされて面白くなかった。 エルサルバドルへ行って戦禍も撮りましたが、彼らの生活も撮りたいという事で市場に行ったら、子供たちがみんな働いているんです。 けなげだなと思いました。 ここでは内戦を撮っていましたが、市場の子供たちを見て、僕と重ねあわせるところがあって、何度も行くことによって彼らが心を開いてくれて、いろいろ発見があり、働く光景が写真的にすごくきれいでした。 戦禍に切り裂かれた国と同時に全く違う人間の生きる姿が見えた時に、この国は戦禍にまみれた国だけどこんなにも豊かに生きている国だという事も同時に見えてきました。 彼らを美しいと思ったのは他人のせいにしないという事だと思います。 世界が悪い、国が悪い、アメリカが悪いとか言わないで、今日生きるために市場に行ってわずかな稼ぎのために、家族のために働く。
5冊の写真集、タイトルが「祈る」、「働く」、「学ぶ」、「繋がる」、「探す」。 これは全部僕が生きるために「祈る」、生きるために「働く」、生きるために「学ぶ」、生きるために「繋がる」、生きるために「探す」です。 テーマがあって撮ったのではなくて、膨大な写真の中から選んでいったものです。 今の世の中は情報が一杯あるようで、平べったい情報だと思う。 戦禍のなかでも人は小鳥のさえずりを聞きたいとか、いい気持ちでいたいという事をそこには書いていますが。
写真を撮ることで、自分が嫌になることはありました。 死体を撮ったり、戦場から逃げてくる人たちをかき分けて前のほうに行く、ただ写真は撮る、写真を撮りたくないことはない。 どこに目を向けるかという事は変わってきました。 いい写真は撮れていないのでもっともっといい写真を撮りたいです。 人を感動させる写真、時を超える写真を撮りたいです。 写真のシャーマンになりたいと思っています。 シャーマンの発祥の地といわれるところで、シャーマンとは生と死、天と地をつなぐ人、と言われました。 シャーマンにはなれないけど写真と人とはつなげることができるとは思いました。
アフガニスタンの抵抗運動の指導者マスードが草原で寝そべって本を読んでいる写真は心が休まりますね。 マスードは本が大好きな人で図書館を作りたいと言っていました。 マスードのその写真を見ると、時を経てもその時々に感じるものが違っていて、写真がいつも新しい、古い写真であってもいつも新しい。 シンプルだからこそ見る人が想像力を働かせる。
エルサルバドルの難民キャンプの少女ヘスース、3歳から20歳結婚するまで断続的にですが、撮ってきました。 ヘスースは娘のような存在です。 友達の中にはこのキャンプ出身というのを恥ずかしいと思っている子がいるが、彼女は「難民キャンプはたくさんの思い出が詰まっている私の宝石箱のようなところだ」といったんです。 かわいそうというような見方をしていたが、彼女は彼女なりにそこで一所懸命生きてきたんだと思いました。 彼女は一つの喜びをしっかり自分のものにできる、これこそ幸せに生きる秘訣というか、方法だと思って、僕も一つ一つ小さなことを積み上げてゆく、それがたくさん集まると変わってゆくような気がします。 美しいという事は抽象的ですが、僕は美しいことに憧れます、だからそれを写真に撮りたい、僕の考える美しさを撮りたい。